会社員経験生かし、何をすべきかを探す

魚屋としての経験も浅く、自分にできることは少ない。「父の代わりにはなれない」と考えた朝奈さんは、「父ができないことは何でもやろう」と考えた。

武器になるのは「視点」だ。大企業で働いた経験を持つ朝奈さんなら、家業を客観的に分析し、今後寿商店が成長するために必要なものは何かを見つけることができる。朝奈さんは「大学を卒業して、(企業に就職せず)社会を知らないまま名古屋に戻らなくてよかったと思いました」と振り返る。

朝奈さんが入社した当時の寿商店は、「父がいないと回らない」(朝奈さん)状況。嶢至さんの指導がなければ、どこに何があるのか、どこにどうやって発注をかけるのかさえわからない。これでは、何かあったときに会社が回らなくなってしまうし、嶢至さんが休めない。

「まずは、父が社内でどんな仕事をしているのかを明らかにする『父の仕事の棚卸し』をする必要がありました」

そんな中で朝奈さんが最初に手を付けるべきと感じたのが、受発注だった。

在庫の管理、どのタイミングで何をどこに発注するかの判断、すべてが嶢至さんの頭の中にあった。仕入れも、嶢至さんが冷蔵庫の中を見て「○○がないから買ってくるわ」と判断していた。

入社から1年ほど経ったころ、朝奈さんは、ここをIT化し、受発注システムを導入しようと考えたのだ。

反対を押し切り進めた現場DX

しかし社長の嶢至さんには「お前は全然わかっていない」と、真っ向から反対された。
「『オレが全体を見ているから利益が出ているんだ』というのが父の主張でした。確かに、この時まではそうだったと思います。その一方で、父自身も『あそこにも出店したい』『これもやりたい』とさまざまなアイデアを出すんですが、すべての仕事を一人で抱えていると実現できません。居酒屋の出店も2店舗が限界。それをいくら説明しても理解してもらえない。これまでで一番大きなケンカになりました」

意見は食い違ったまま。「でも、父は結果を出せば必ず認めてくれる人。この時は『私が全部やるから』と宣言して押し切りました」

しかし、反対していたのは嶢至さんだけではなかった。現場のスタッフは、パソコンを触ったこともない人もおり、拒否反応も強かった。どうしてもなじめず、会社を離れてしまった職人もいたほどだ。

「それでも会社の未来を考えると、『今、やらなければいけない』という思いでした」

システムが入ると、各店舗の料理長が食材の在庫管理を行って発注までできるようになった。魚については嶢至さんと朝奈さんが、そこでまとめられたデータを見て市場に仕入れに行く。

業務が効率化しただけでなく、ほかの社員に仕事を任せられるようになったため、嶢至さんの仕事量を大幅に減らすことができた。「在庫を自分で確認する必要がなくなったので、父の朝の出勤は2時間くらい後ろ倒しにできるようになりました」