衝動を抑えるには運動が効果的

ストループテストを受ける前に20分間運動した大人は、結果がよかった。それもかなりいい結果で、楽に衝動を抑えられている。何度か散歩したりランニングしただけでも効果があったが、いちばんいいのは数カ月間定期的に身体を動かした場合だ。子供でも、運動すると衝動を抑えやすくなり、スウェーデンの学校でもそれを取り入れ始めた。やり方はいろいろあるが、各科目の授業時間が減らないよう、授業開始前に15~20分間、皆で身体を動かすことが多い。この研究成果を実用につなげたい教師や校長、保護者によって熱心な取り組みが行われている。

この取り組みの結果はまだ研究報告という形で発表はされていないが、努力が実を結んだ様子が記事になっている。ヨーテボリ・ポステン紙とスウェーデン公共放送のニュースサイトの記事で、見出しはそれぞれ「心拍数と共に成績がアップ」「授業前に運動、ボーデン市の生徒が成績上昇」だ。身体を動かしたことで子供たちはよく学び、態度も落ちつく。以前よりも集中できるようになり、衝動的な行動が減ったという。ただ、子供や若者の睡眠欲求と体内時計を考えれば、授業前に15~20分運動というのは容易ではない。だから15分より短くても効果はあるのかが気になるところだが、実は効果がある。

たった6分間の運動で驚きの効果

約100人の小学5年生に4週間毎日運動をさせ、実験を始める前と終了してから一連の心理テストを行った。すると、集中力が増しただけでなく、ひとつのことだけに注意を向けるのも上手くなっていた。しかも、情報処理まで速くなった。驚いたのは、ほんの少しの運動でいいという点だ。運動は教室内で行われ、時間は毎日たったの6分間(!)だったのだ。授業中に短い休憩を取って、体操の動画を流した。子供たちはその動きを真似て、筋肉の協調を鍛えた。動きは少しずつ難しくなっていったが、プロサッカーチームや跳び箱チャンピオンとは比較にならない程度だ。1日6分間だと非常に短いので、通常の授業に支障をきたすこともない。

親子で並んでストレッチ
写真=iStock.com/Hakase_
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この実験では毎日6分のプログラムを4週間続けたが、たったの1回でも効果はある。子供と若者に〈プリンス・オブ・ペルシャ〉というコンピューターゲームをさせた。難しい謎を解くために集中力を要する場面がいくつも出てくるゲームだ。ゲーム前に運動をすると、ゲームもうまくなった。こちらも長時間の運動が必要だったわけではない。たったの5分走っただけで、いいプレーができたのだ。現代の子供に足りないのは集中力と気をそらされない能力だが、わずか5分身体を動かすだけでそれが改善されたのだ。おもしろいことに、集中力の改善は特にADHD──集中することが非常に困難な症状──の子供に顕著だった。

運動で集中力が増す理由

ティーンや大人の集中力も改善するのだろうか。それも可能だ。300人のティーンエイジャーに1週間万歩計をつけた実験では、よく動いた子ほど集中力が高まった。心拍数が上がる運動だとなおよい。ティーンと大人を対象にした30件ほどの調査をまとめると、そこでも同じ結果が出た。現代の貴重品である集中力に、運動はよい効果をもたらす。また、こんなこともわかった。運動によって、計画を立てたり注目する対象を変えたりする脳の実行機能(executive function)も改善する。なお、ティーンエイジャーの集中力は何度か散歩やランニングをしただけでも効果が現れたが、実行機能への効果は数週間から数カ月の定期的な運動が必要だった。

アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』(新潮新書)
アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』(新潮新書)

では、なぜ集中力が増すのか。

答えはおそらく、私たちの先祖が身体をよく動かしていたからだ。狩りをしたり自分が追われたりしたときには、最大限の集中力が必要だ。本当に必要なときにいちばん集中力を発揮できるように、脳は数百万年かけて進化したのだ。追うか追われるかという世界だったのだから。狩猟はたまにしかやらなかったと思われがちだが、現代の狩猟採集民の調査から、1日に2~3時間は猟やその他の労働をしていたことが窺われる。その間、祖先たちは身体を動かしてもいたし、最大限に警戒してもいた。そういう人こそが追っていた獲物を捕えられたし、自分を追いかけてくる猛獣のランチにもならずにすんだのだ。

脳の大部分はサバンナでの日々から変わっていないわけだから、身体を動かすことであなたや私の集中力は高まる。だが今は猟に出たり、猛獣を避けたりするために集中力を発揮する必要はない。教室の椅子にじっと座っている、仕事のプレゼンをするといったことのために必要なのだ。ということは、運動は進化上のライフハックだ。この時代にも可能な限りうまく機能するためには、生物学的な生存メカニズムを活用すればいい。現在、多くの学校で素晴らしい結果が出ているように。

アンデシュ・ハンセン(Anders Hansen)
精神科医

ストックホルム商科大学で経営学修士(MBA)を取得後、ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学に入学。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。『運動脳』は人口1000万人のスウェーデンで67万部が売れ、『スマホ脳』はその後世界的ベストセラーに。