企業法務の弁護士が、なぜ難民を支援するのか
同じ弁護士であっても、日常で関わる「企業法務」の世界と、「難民認定」の世界はまったく異なると矢上さんは言う。
「普段は、企業の方とビジネスに関する話をすることが多いのですが、難民認定の支援という、まさに人権に関わる活動をしていると、弁護士としての意義や使命を再確認させられます。この瞬間も、世界のどこかでは迫害を受けて命の危険にさらされたり、家族と引き離されたりしている人がいる。そんな世界が現実にあるなんて、普通はなかなか想像すらつきません」
「難民認定を待つ人たちは、学歴が高く、本国では専門的な仕事をしていた人も多いのですが、日本ではそういった専門性を生かせずに、低賃金の仕事に就かざるを得ない人もいます。コロナ禍で働き口が見つからない人もいて、経済的にも非常に厳しい状況に置かれています。それでも『世界でこんなに平和なところがあるなんて初めて知った』と、日本での生活に安堵と喜びを感じてくれています。そうした人たちの支援にはやりがいを感じますし、弁護士という職業を選んだ自分に対する、自尊心にもつながっている気がします」
娘たちには、世界にも目を向けてほしい
今では、「職業上の専門的なスキルや経験を生かしたボランティア活動」の全般を指す「プロボノ」という言葉だが、もともとは、アメリカで弁護士が法律家としてのスキルを活用して行うボランティア活動を指していた。日本でも、いくつかの弁護士会では所属弁護士に一定時間のプロボノ活動を義務付けているが、本業の忙しさもあって、プロボノ活動に時間を割いている弁護士はそれほど多いわけではない。一部の個人弁護士や、リソースに余裕がある大手・外資系弁護士事務所、外資系企業の法務部が中心となっている。
矢上さんは、こうしたプロボノ活動を通じて「弁護士としてまだまだ果たすべきことは多く、道のりの遠さを認識します」という。「人の人生の、生きるか死ぬかといった分かれ目に立ち会うことになる。その責任と意義はとても大きいと感じています」
矢上さんは、日本における難民の状況について、できるだけ娘たちにも話すようにしているという。「娘たちはまだ小さいので、難民の方々を取り巻く状況というのは理解しきれないかもしれません。それでも、できるだけ世界に目を向けてほしいと思っています。落ち着いたら(日本にいる難民を支援しているNPOの)難民支援協会が主催している、難民の方たちを支援するイベントに一緒に行きたいなと思っています」と話している。
構成=髙田功
1976年生まれ。中央大学法学部卒業後、中国の大学院への留学を経て、2002年からアンダーソン毛利法律事務所(当時)北京オフィス勤務。2007年早稲田大学法科大学院修了。2009年アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2019年に同事務所パートナー弁護士に就任。非常勤で大学・大学院の講義も担当している。第二東京弁護士会国際委員会副委員長。三児の母。