悪気はなくても強要はアウト
実際に、カミングアウトを全員の前で強要されたある方は、事前に何を話すべきかを考えに考え、その生い立ちから、自分の存在、なぜ会社に申し出るに至ったのかについてまでの壮大かつ長大な話をされたそうです。当事者にとってみても、どこからどこまで話していいものやら、それはもう、大変な様が窺えます。こうした心労ゆえか、全員の前でカミングアウトをしたのちに、精神的にまいってしまい、鬱を発症したとも聞きます。
ただ確かに、会社にとってみれば、突然のカミングアウトでどのように対応して良いのかがわからない、「性の多様性?」「LGBT?」「何をどこから対応すればいいの? まずは本人から説明してもらったらいいのではないか」ということだったのかもしれません。
とはいえ、当事者にとってみても、何をどこから説明して良いのか考えあぐねてしまう状況に陥るのは同じことです。むしろ、性のあり方は自分の存在と深く結び付いており、「自分」そのものを説明しなければならないのではないか、とすら考えてしまうわけです。
最近は、さまざまな書籍のほか、資料もインターネットで入手することができます。もちろん、インターネットの情報は玉石混淆で、残念ながら噓の情報も見られますが、役所などからの正確な情報発信も進んでいます。
加えて、2020年6月からパワーハラスメント防止対策として、会社が、性的指向や性自認に関するハラスメントに適切に対応する措置を講ずることが義務となりました。その際、性的指向や性自認を機微な個人情報として、プライバシー保護を講ずることも含まれています。つまり、カミングアウトを受けた際に、適切に対応することは、もはや会社としての法的な義務の範囲ともいえるのです。
とはいえ、職場環境への何がしかの対応を求められたからといって、カミングアウトを強要したり、安易に勧めることは訴訟リスクにつながるといって良いでしょう。カミングアウトはあくまでその当事者のタイミングで行われるべきものです。
カミングアウトを「させない」のもNG
他方で、カミングアウトをさせない、止めてしまうという対応も最近では耳にします。しかしこれも、カミングアウトの強要と同じように、問題のある対応といえます。
古くは米軍においても、このカミングアウトを禁止するなどの対応が、“Don't ask. Don't tell”と呼ばれ、問題視されていた時代もありました。実際日本において、自治体の中では既にカミングアウトを権利として保障し、カミングアウトを強要することはもちろん、カミングアウトをさせないことも、条例で禁止している自治体があります。
ここまで読み進められた読者のみなさんは条例で禁止だなんて何をそんな大げさな、とは思われないのではないでしょうか。制度で権利としてわざわざ位置付けられるほどに、重要な問題であるカミングアウト。その意味合いを適切に把握し、丁寧にこの問題に向き合ってもらえればと思います。
1985年岩手県生まれ。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。労働団体の全国組織本部事務局を経て、現在は約100のLGBT関連団体から構成される全国組織、通称「LGBT法連合会」事務局長。
1994年愛知県生まれ。明治大学政治経済学部卒。政策や法制度などのLGBT関連情報を発信する一般社団法人fair代表理事。