トップ弁護士もノウハウの提供に協力してくれた

思ったようにシステムが動かないなど、弁護士時代とは違い、思ってもみないことが次々に起こるものだった。ただ、技術統括者が目指しているものを理解してくれたおかげで、システムの構築は実現していった。

意外にも、起業で大変だったことは、自身のコミュニケーションリテラシーだった。「法務の人間としか接してこなかったため、開発者とは共通言語も違う。狭い業界で過ごしてきたため、異業種の人とはコミュニケーションで大変な面もあった」と藤田さんは当時を振り返る。

しかし、大手法律事務所でのキャリアによって、法律に関する知識やネットワークはテック業界の中では随一だった。

契約書を安価にレビューして助言してくれるサービスがあれば、多くの中小企業が救われる。ただ、契約書のレビューをAIで行うためには、弁護士のノウハウが数多く必要だ――。そうした理念を藤田さん自らが伝えていくと、周囲はもちろん、トップ弁護士も喜んでノウハウの提供に協力してくれた。高名な先生の中には、本来の価格より安価に引き受けてくれる方もいた。

「リーガルテックの世界で女性起業家は私一人だけ」と藤田さんは苦笑する。弁護士の世界では女性は3割程度だったが、そもそも実力社会だったため、男女差を感じたことはなかった。女性だからといって得をしたこともない。それは起業してからも変わらなかったという。

弁護士事務所にとっては「競合」にもなりうるサービスである。一部に「テック化には向かないのではないか」という声もあったものの、「それは便利だね」と共感してくれる人が多かった。

「全部がテック化するとは思っていません。ただ、法務の世界もいろんな業務をテックで効率化し、人の力を集約していく必要があるでしょう」と藤田さんはリーガルテックの可能性をこう話す。

実際、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、緊急事態宣言後に急に問い合わせが増えた。法務のDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組まないといけないと考えた企業が多かったのだろう。

日本の法曹界に新風を

プライベートでは、4人の子育ては変わらず大変ではあるが、子どもがいたからこそよかったこともある。

「私は本当に仕事が好きで、十分に時間を使ってあげられていないなと思うところはある。でも、私自身は、さまざまな決断をしていかないといけないし、落ち込むこともあるなかで、子どもと一緒に過ごすことで救われている部分があります」と藤田さんは言う。

「一つでも多くの紛争を防ぐことに寄与できたらいいなと思います。私の願いはそれだけです」と藤田さんは強く言い切る。「企業理念でもありますが、できるだけたくさんの方によりよい法務助言を届けられるサービスにしたいです。できるだけよい質のものを、中身をこだわって作りたいですね」

藤田さんは、4人の子どもを持つ母である前に、実力社会で戦ってきた一人の弁護士である。数々の困難を乗り越えてきたその強さが、出遅れた日本の法曹界にこれから新風を吹き込んでいくのだろう。

藤田 美樹(ふじた・みき)
リセ社長、弁護士(日本および米国NY州)

1998年東京大学法学部卒、2006年Duke大学ロースクールLLM、国内最大手法律事務所である西村あさひ法律事務所において約18年間、国内外の企業間紛争に携わる。リーガルテックによる紛争の事前予防に未来を感じ、2018年にリセを立ち上げる。リーガルテック業界唯一の女社長であり、弁護士と4児(18歳、10歳、3歳の双子)の母としても活躍。著書に『労働法実務相談』『消費者集団訴訟特例法の概要と企業の実務対応』『国際仲裁と企業戦略』など。