子育てと仕事の両立の難しさを痛感し、働き方をチェンジ

職場へ復帰するときに南さんが決めていたのは、家で子どもが起きている時間は仕事をしないということ。その間は子どもと遊び、一緒に過ごす時間は大事にしてきた。それでも気持ちが抑えきれなくなると、夫に「もう辞めるから!」とぶつけてしまう。「いつでも辞めていいよ」と彼はにこにこ笑っていた。

そんな家族に支えられて仕事を続けられたという南さん。次なる転機は2014年4月、チームマネージャーへの昇格が決まった。実はこの前に会社にある意思表明をしていたのだ。昇格試験のリポートを提出。そのリポートには製品開発で成し遂げたいことを書き、最後に述べたことがあった。

「それは女性でも働きやすい会社に変えていきたいという想いでした。私は家族の協力があってどうにか続けられたけれど、子育てと仕事の両立は苦しかった。残業が当たり前という環境では働き続けられない人たちも多いので、何とか変えていきたいと思っていたんです」

南さんはまず自身の働き方から変えていった。子どもが小学校へ入学するとき、初めて時短勤務を申請。学童保育に通い始めると、最初はお迎えに行かなければいけないので、時短で退社することにしたのだ。チームマネージャーになっても、低学年のうちは時短勤務を続ける。部下には相談事は17時までにというルールを作り、メンバーも快く協力してくれた。

女性が働きやすい環境を整えるために

それから2年後、新たなチャレンジが待ち受けていた。南さんはハウス食品グループ本社の人材開発部へ異動。新設された課でダイバーシティ推進に携わることになる。自分がリポートに書いていたことを見てくれていたのだと、嬉しい思いもあったという。

「もしかして私の夢がかなうかもしれないと、そんな期待を抱いたことを覚えています。女性が働きやすい環境をいかに整えていくか、そのためには制度とともに会社の風土も変えていかなければならない。まずは社員の意識を変えていく活動から取り組みました」

最初は手探りで、二人きりのチームでスタートした。いろいろな部署をまわって女性社員にヒアリングをし、男性上司とも話し合った。すると、女性たちからはもっと活躍したいけれど、子育てや働き方などの制約の中であきらめてしまう気持ちも見えてくる。一方、上司としてはなかなか理解できない状況がある。そこで上司と部下が一緒に参加する「キャリアデザインマネジメント学習会」を始めた。

さらに初の試みとして好評だったのが、「ダイバーシティフォーラム」だ。女性社員と役員を招き、総勢141人が集まってホテルで開催。講演だけでなく、ワークショップや立食パーティを企画。華やいだ雰囲気のなかで、社員と役員が和やかに交流できる場になった。

「社員の意識を変えることはなかなか難しいけれど、こうして発信することで『良いきっかけをもらった』『当事者意識を持つようになった』と言ってくれる人もいます。そんな人がどんどん増えていくことで、会社も少しずつ変わっていくのだと実感しましたね」

ダイバーシティフォーラムにて
ダイバーシティフォーラムにて

社内環境を整える必要なのは、上司と部下の「対話の機会」

今は人事総務で主に採用の仕事に携わり、多様な人材を求めるキャリア採用に力を入れている。ダイバーシティ推進には社内の環境整備も課題となるが、南さんがそこで重視していることは何だろう。

「制度を整えることはあるけれど、やっぱり上司と部下が対話する機会をつくることが大切だと思っています。社員にとっては、自分のことをきちんと理解してもらい、期待されているという気持ちが仕事のモチベーションにつながっていくと思うので」

社内では「1on1ミーティング」を導入している。もともと人材開発部時代に始めた「キャリアデザインマネジメント学習会」で取り入れ、そこからスタートした。南さんも自分のキャリアを振り返ると、もっと上司と話していれば良かったという悔いがあり、今は部下とよく話し合う。育休明けで不安を感じていたり、仕事で思い悩んだりしていたら、一緒に考えながら先へ進めるように努めてきた。

「私も仕事を続けてきて良かったなと思います。やっぱり社会とつながっていて、お客さまに喜んでもらえるのは嬉しいこと。やっと子育ても少し肩の荷が下りて、仕事では次の人材を育てていくことにやりがいがある。あのとき辞めなくて本当に良かったですね」

ハウス食品人事総務部課長の南泉希さん
ハウス食品人事総務部課長の南泉希さん

家庭では中学生の息子が良き話し相手になっている。今は食卓を囲むときが子どもと向き合える貴重な時間。手の込んだ料理をつくるのは楽しいし、「おいしいね!」と喜んで食べてくれると嬉しい。それでも定番のカレーはよく登場し、「毎日食事づくりをがんばるのは大変だから、さぼりたいときはさぼります(笑)」と南さん。そう聞いて、なんだかホッとした。

歌代 幸子(うたしろ・ゆきこ)
ノンフィクションライター

1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。