ひとつだけでも楽しい仕事を見つけて極める

私自身、サラリーマン時代、仕事はそれほど好きではありませんでしたが、自分が担当していた仕事の中のひとつに「人前で喋る」「講演の講師をする」というのがあり、これは自分でも好きな仕事でした。そこでその他の仕事はほどほどにやっていても、この「喋る仕事」だけは本当に熱心に勉強し、研鑽と訓練を重ねていきました。なぜならそれが楽しかったからです。おかげでプレゼンテーション能力は向上し、60歳で独立してから8年経った現在でも年間150回近い講演の依頼を受けています。

実は転職する場合でもそれまで居た業界で頑張ることで、他社の人たちから実力を認められるというのが最も良い転職のできるパターンなのです。自分で職を探しに行くのではなく、向こうから「来てほしい」と言われるからです。要するに「早くリタイアしたい」という姿勢を続ける限り、よほどの幸運かケタはずれの実力でもない限り、資産を作ることは難しいでしょうから、「早期リタイア」と言ってもそれは言うだけに終わってしまいます。そしてその行く末は負け組になってしまう可能性はかなり高いと思います。

“老後貧乏”を引き起こす思考

次に二つめの「実際に成功して早期リタイアした人の生活」という視点です。私は実際に事業に成功して早期リタイアを実現した人は何人も知っていますが、彼らの多くは自分で事業をやって成功した人で、サラリーマンで投資をやって資産作りに成功し、完全リタイアしたなどという人とはほとんど見かけたことがありません。

さらに言えば、自分で事業を興して成功し、早期リタイアした人の多くは、いったんリタイアしても再びまたビジネスの世界に戻ってくることが多いのです。でもこれは逆に考えると当然のことです。なぜなら仕事に成功したということは仕事の面白さを十二分に体験したからであり、すなわち仕事が苦行にならず、まさに本多静六氏の言う「職業の道楽化」が実践できたから成功したのです。だからこそリタイアした後も仕事の面白さが忘れられず、やはり何らかのビジネスに取り組みたいと思う気持ちが強いのでしょう。

また、普通の勤め人は、週末の来るのが待ち遠しいでしょうし、早く夏休みにならないかと願っているでしょうが、それは普段働いていて、たまに休むから楽しみなのです。「早期リタイアしてずっと暇な時間ができたら、それはそれでつまらないものだ」という話を私は何人からも聞きましたし、私自身も定年後に起業してしばらくは全く仕事らしい仕事がなかった時期もありましたが、やはりつまらない日々でした。

一生かかっても使い切れない莫大な財産を親から受け継いだという人でなければ、好むと好まざるとにかかわらず、人生の最も長い時間を“働いて”過ごすことになるでしょう。であるなら、「仕事の道楽化」というのは本当にできないのかどうかを考えてみても良いと思います。今の仕事がつらいし、面白くないから早期リタイアを目指すという人もいるでしょうが、それはもう一度考えた方が良いと思います。下手をすると、そういう思考が老後貧乏につながってしまいかねないからです。

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大江 英樹(おおえ・ひでき)
経済コラムニスト

大手証券会社に定年まで勤務した後、2012年に独立し、オフィス・リベルタスを設立し、代表に。資産運用やライフプランニング、行動経済学などに関する講演・研修・執筆活動などを行っている。近著に『定年前、しなくていい5つのこと』(光文社新書)など。