20代、30代でしっかり働いてお金を貯めて、早めにリタイアしたいと考える人も多いのではないでしょうか。経済コラムニストの大江英樹さんは、その発想には落とし穴があると指摘します――。
仕事と退職のどちらかの選択
※写真はイメージです(写真=iStock.com/AlbertPego)

早期リタイアは本当に幸せなのか

ビジネスパーソンの中には20代、30代は必死で働いてお金を貯め、40代で早期にリタイアし、あとは悠々自適で楽しく暮らしたいと考えている人が少なからずいるようです。また、私の知り合いの個人投資家の中にもこう考えている人は多く、積立投資をやって資産形成をするのは、イヤな仕事を早く辞めたいからで、人生の目的は早期リタイアをして楽しく過ごすことにある、という考え方をしています。

この考え方はよくわかります。私自身30代ぐらいの頃は全く同じ考えでした。ところが、68歳になった今、それまでの仕事と生活を振り返ってみると、必ずしもこの考え方は正しくないのでは? という気がします。知人の中には実際に早期リタイアを実践した人もいますが、そういう人たちを見ていても、必ずしも充実した楽しい生活をおくっているようには見えないからです。実際、早期リタイアについては、2つの観点からどうも勘違いされている点があるように思います。ひとつは早期リタイアしたいと考えている人の思考法、そしてもうひとつは実際に成功して早期リタイアした人の生活という観点です。

早期リタイアしたい人の残念すぎる思考法

まずは「早期リタイアしたいと考えている人の思考法」ですが、そもそも早期リタイアをしたいという人の考え方の根底にあるのは「仕事が苦行である」という発想です。実を言うと、これは典型的な「サラリーマン脳」の発想なのです。会社勤めの人にとって仕事は確かに苦行以外の何ものでもないと言っていいでしょう。なぜなら自己決定権がないからです。自分ではこうやりたい、と思っていても会社の方針が別な方向に決まれば、それに従わざるを得ません。自分にとって本意ではないことをやるのはストレスです。

もちろん自分が何かのプロジェクトリーダーになって差配できる立場になれば楽しいでしょうが、そんな時ばかりではありません。恐らく会社生活の7~8割はそんなストレスだらけのはずです。だから早く辞めたいと思うのです。

でも逆に「仕事が楽しみ」と思ったらどうでしょう?

職業を道楽化できるかどうか

明治時代に造園家、林学者として活躍した本多静六という人がいます。この方は、日本の「公園の父」と言われていて、日比谷公園や北海道の大沼公園を設計した人です。彼はまた株式投資家としても有名で、大学で教鞭を執っていた頃に「月給4分の1天引き貯金」を実践してお金を貯め、それを元手に投資で巨万の富を築き、大学教授を退官すると同時に全財産を寄付したという立派な人です。この方が書いた『私の財産告白』という本は今日に至るまで多くの人に資産形成の名著として読み継がれており、私も何度も読み返しています。その本の中にこんなフレーズがあります。

「私の体験によれば(中略)、人生の最大幸福は職業の道楽化にある。富も名誉も美衣美食も、職業道楽の愉快さには比すべくもない。道楽化を言い換えて、芸術化、趣味化、娯楽化、遊戯化、スポーツ化、もしくは享楽化等々、それはなんと呼んでもよろしい。すべての人が、おのおのその職業、その仕事に、全身全力を打ち込んでかかり、日々のつとめが面白くてたまらぬというところまでくれば、それが立派な職業の道楽化である」

スキルの向上度がまったく違ってくる

「職業の道楽化」=仕事を趣味として楽しむ、というのは本当に素晴らしいことなのですが、実際にはなかなか難しいでしょう。フリーランスや自営業なら「仕事=楽しみ」と言えるかもしれませんが勤め人ではなかなかそうは行かないからです。

でもたとえ会社勤めであったとしても、自分が担当する仕事の中で“好きなこと”や“得意なこと”を見つけることは可能だし、そうすべきです。なぜなら、「好きなことだから、一生懸命取り組む」のと、「仕事だから仕方なくやる」のとでは、スキルの向上度や能力が高まるレベルが全く違うからです。早期リタイアすることを夢見て今の仕事を苦痛と思ってやっている人は、仕事を楽しんでやっている人には絶対に勝てません。したがって会社の中でも給料は上がらないし、将来独立したり転職したりしてもうまく行かないことが多いと言っていいでしょう。

ひとつだけでも楽しい仕事を見つけて極める

私自身、サラリーマン時代、仕事はそれほど好きではありませんでしたが、自分が担当していた仕事の中のひとつに「人前で喋る」「講演の講師をする」というのがあり、これは自分でも好きな仕事でした。そこでその他の仕事はほどほどにやっていても、この「喋る仕事」だけは本当に熱心に勉強し、研鑽と訓練を重ねていきました。なぜならそれが楽しかったからです。おかげでプレゼンテーション能力は向上し、60歳で独立してから8年経った現在でも年間150回近い講演の依頼を受けています。

実は転職する場合でもそれまで居た業界で頑張ることで、他社の人たちから実力を認められるというのが最も良い転職のできるパターンなのです。自分で職を探しに行くのではなく、向こうから「来てほしい」と言われるからです。要するに「早くリタイアしたい」という姿勢を続ける限り、よほどの幸運かケタはずれの実力でもない限り、資産を作ることは難しいでしょうから、「早期リタイア」と言ってもそれは言うだけに終わってしまいます。そしてその行く末は負け組になってしまう可能性はかなり高いと思います。

“老後貧乏”を引き起こす思考

次に二つめの「実際に成功して早期リタイアした人の生活」という視点です。私は実際に事業に成功して早期リタイアを実現した人は何人も知っていますが、彼らの多くは自分で事業をやって成功した人で、サラリーマンで投資をやって資産作りに成功し、完全リタイアしたなどという人とはほとんど見かけたことがありません。

さらに言えば、自分で事業を興して成功し、早期リタイアした人の多くは、いったんリタイアしても再びまたビジネスの世界に戻ってくることが多いのです。でもこれは逆に考えると当然のことです。なぜなら仕事に成功したということは仕事の面白さを十二分に体験したからであり、すなわち仕事が苦行にならず、まさに本多静六氏の言う「職業の道楽化」が実践できたから成功したのです。だからこそリタイアした後も仕事の面白さが忘れられず、やはり何らかのビジネスに取り組みたいと思う気持ちが強いのでしょう。

また、普通の勤め人は、週末の来るのが待ち遠しいでしょうし、早く夏休みにならないかと願っているでしょうが、それは普段働いていて、たまに休むから楽しみなのです。「早期リタイアしてずっと暇な時間ができたら、それはそれでつまらないものだ」という話を私は何人からも聞きましたし、私自身も定年後に起業してしばらくは全く仕事らしい仕事がなかった時期もありましたが、やはりつまらない日々でした。

一生かかっても使い切れない莫大な財産を親から受け継いだという人でなければ、好むと好まざるとにかかわらず、人生の最も長い時間を“働いて”過ごすことになるでしょう。であるなら、「仕事の道楽化」というのは本当にできないのかどうかを考えてみても良いと思います。今の仕事がつらいし、面白くないから早期リタイアを目指すという人もいるでしょうが、それはもう一度考えた方が良いと思います。下手をすると、そういう思考が老後貧乏につながってしまいかねないからです。