フランス版「名もなき家事」

フランスでは、多くの女性が労働市場に進出し始めた1980年代から、「仕事と家事・育児の組み合わせが、charge mentale(シャルジュ・マンタル)『精神的負荷』として女性の精神面に大きなダメージを与える」ことが社会学者の間で指摘され、研究対象となってきた。この言葉は近年、日常で使われる言葉として定着し、今年5月にはプティ・ラルース辞典に新語として掲載された。「特に女性が感じている、家事・育児の手回しに関する心理面での苦痛。身体的、そして精神的苦痛を伴う」と定義されている。

日本の、はっきりと名前はついていないが肉体的、精神的な負担となっている家事を指す、「名もなき家事」と通じるところがあるが、charge mentaleはあくまで「賃金労働をするかたわら、家事・育児のニーズを把握し、実行に先立つ計画を立てることから生じる苦痛」を指している。例えば、会議の合間にベビーシッターの手配をしたり、夕食の献立を決めて帰宅途中に買い物の段取りを考えることなどが該当する。

社会学者のモニック・エコーは「家事労働と賃金労働の管理」(1984年)という論文の中で、こうした賃金労働と家事段取り作業の同時進行は「静かな暴力」とまで言っている。2018年の、フランスのマーケティングリサーチ会社IPSOSの調査によると、フランスでは女性の10人中8人が、賃金労働と家事・育児の同時進行に苦痛を感じているそうだ。

「言ってくれればやったのに」

もちろん、21世紀の男性たちは「家事分担をすべきだ」ということを、知識としては知っている。しかし、私の30代から40代のフランス人の姪たちに話を聞くと

「うちの彼は洗濯機を回すところまではするけど、干すところまでしてくれないから、生乾きの嫌な臭いがついている」
「食事の後、『テーブルの上を片付けておいて』と言うと、そこまではしてくれるけれど、床に落ちている食べ物の始末はしてくれない」
「寝る前に、『食器洗い機から食器を出しておいて』と言うと、出すだけでしまっておいてはくれないので、翌朝私が全部やる羽目になる」

といった不満が噴出。男性たちは、言われたことはしてくれるが、それ以上のイニシアチブは取ってくれないというわけだ。

もちろん、彼らは「手伝うことがあれば言ってね」と至極感じは良い。しかし、パートナーに「あれやって」と言われるまでは動かない。「賃金労働をしながら家事段取りを考える」という、女性が負担感を持っている部分を軽減することはなく、ただ指示を待っている。

若い女性たちはこれに黙っていない。イラストレーターでエンジニアのEmmaは、2017年に『 Fallait demander』(言ってくれればやったのに)という漫画をネットで発信。大人気になり書籍にもなった。家事・育児に追われて料理を失敗、「私、全部できない!」と燃え尽きてしまう主人公に、パートナーが「言ってくれればやったのに!」とさらに批判がましい追い討ちをかける場面が有名だ。

©︎Emma/Massot éditions  Emma作『Fallait demander』(言ってくれればやったのに)より 
©︎Emma/Massot éditions  Emma作『Fallait demander』(言ってくれればやったのに)より 
「言ってくれれば手伝ったのに!」

『Fallait demander』(言ってくれればやったのに)に影響を受けた、歴史教師でフェミニストのコリン・シャルパンチエ(33歳)は2018年、フランス版名もなき家事、charge mentaleをテーマとしたインスタグラムを始めた。第一子が生まれ、パートナーが地方転勤になり、自分は仕事を中断。引っ越し、育児、家事、全てを一手に抱えて、いったい何から始めればいいかわからず絶望していたとき、同じような状況にあるママ友たちと公園で話しながら思いついたという。このインスタグラムは大人気になり、今年1月には『charge mentaleからの自衛マニュアル』という書籍を出版した。