「妻でも母でもない私」はどこに?
フランスの女性たちは、家事だけに苦しんでいるのだろうか? そうであれば、新型コロナ感染拡大以前も同じだったはずだ。
ル・モンド紙の5月11日版の中で、家族関係を研究している社会学者でパリ第五大学教授のフランソワ・ド・サングリー氏は、フランスでは1965年まで、女性が自分名義の銀行口座を持つことができなかったことや、夫の合意なしに仕事をすることができなかったことを指摘。「だからこそ、仕事を持つことは、女性の自由の象徴と考えられている。これまで、多くの女性にとって職場は、単に生活費を稼ぐ場所ではなく、『妻でも母でもない自分』を実感することができる場所という意味合いがあった。しかし、テレワークの拡大によって、彼女たちは『妻でも母でもない自分』を見失いつつあり、それが家事を通常以上に苦痛に感じる土壌になっているのではないか」と話している。
フランスで外出禁止令が始まってから7週間目に実施されたINED(フランス国立人口研究所)の調査結果「新型コロナ禍にテレワーク化がフランス人に与えた影響」を見てみよう。
仕事をしている人々のうち、在宅でテレワークをしている人は、管理職レベルだと男女ともに67%だ。しかし、その仕事環境は男女によって大きく違う。家に自分の仕事場(自室)を持っている人は、管理職レベルの男性だと47%である一方、女性は29%に留まる。また、管理職、自営業、工員といった全てのカテゴリーの家庭を見ると、40%から56%の子どもが自分の個室を持っているので、自分の個室を持たない割合が一番高いのは働く女性ということになる。彼女たちの多くは、管理職であっても、子どもの部屋や台所、食卓といった、プライバシーが希薄な場でテレワークをしているのが実情だ。
イギリスの女権運動期の作家ヴァージニア・ウルフ(1882‐1941)は、『自分一人の部屋』(1929年)という本の中で、「女性が小説を書こうと思ったら、お金と自分一人だけの部屋が必要である」と語っている。テレワークでも同様だ。約1世紀前のこの言葉は、コロナ禍のさなかに在宅勤務をしている多くの女性を頷かせるだろう。
彼:「やっておいて」って言わなかったじゃないか!
家事の不均衡が、男女の構造的差別につながる
欧州連合の専門機関の一つである、欧州ジェンダー平等研究所EIGEの発表によると、フランスでは2019年、子持ちでカップル生活を営む人々のうち、1日に最低1時間の家事をしているのは、女性87.4%に対して、男性では25.5%だけだった。
自室を持たず、家事を一手に引き受けながら育児をし、オンライン授業を受ける子どもの宿題を手伝い、自分や夫の親への気遣いも忘れない。つまり絶えず家族をケアし、サービスする立場にあっては、女性のキャリアは伸びにくい。
これは単に「女性が不満を抱える」うんぬんという話ではなく、男女間の構造的な差別を深め、社会の発展を妨げかねない。実際、アメリカの日刊紙、ワシントンポストが運営する、女性を対象にしたメディアThe Lily電子版は、新型コロナによる外出禁止・自粛期間中、サイエンス分野での女性研究者の論文発表が世界的に約50%減少したと報じている。