静岡県発の農産物流通ネットワーク
冷蔵設備を持つやさいバスは、直売所や道の駅、青果店、卸売業者の倉庫などの“バス停”を巡回する。生産者は、買い手から注文が入ったらバス停に農産物を持って行ってやさいバスに載せてもらう。一方、注文した買い手は、最寄りのバス停に、農産物を取りに行く。共同配送によって輸送コストが軽減でき、生産者と購入者が直接つながっている。
「食の分配方法を考えることが社会構造全体を考えることになる」という加藤さんの地域デザインの発想が多くの人の心を動かし、地元静岡県を拠点とする大手物流企業の鈴与や、農林水産省が設立した官民ファンドの農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)、博報堂から出資を受けている。事業は静岡県からスタートして、長野県、東京都、神奈川県、茨城県に広がっており、6月にはヤマト運輸と連携してさらに輸送ネットワークが強化された。確かにやさいバスは、モテモテだ。
「やっぱり農業だ」2人目の出産で起業を決意
最初に加藤さんが農業の危機を感じたのは中学生のころ。
「レイチェル・カーソンの『沈黙の春』を読んで、『ヤバい、地球から食糧がなくなっちゃう』と心配になったんです。そのころ『ドラえもん』でも環境問題を扱ったストーリーがあって、さらに『これはまずい』と。とにかく心配症の子どもだったんです」
その後、東京大学農学部に進学し、産業用機械の制御を学ぶ。イギリスの大学院を終えた後にアメリカ航空宇宙局(NASA)のプロジェクトに参画するなど貴重な経験も経て、卒業後はキヤノンに就職。結婚を機に退職し、夫が働く静岡県菊川市に移住して、夫の親族が経営する会社で産業用機械の研究開発に携わった。
転機は2人目出産のとき。主力商品につながる発明もして売り上げにも貢献したが、それでも「夫である『後継者』の妻」という立ち位置は変わらない。小休止のタイミングで「研究開発はやり切った。で、私、本当は何がやりたいんだっけ?」と自分の人生を振り返った。
「そこで、社会課題や環境問題、食の問題解決をしたかったことを思い出して、『やっぱり農業をやろう』と思ったんです」