加害者と一つ屋根の下で、逃れられない被害者

フィリピンの都市封鎖は厳しい。買い物などの外出は一家で1名しか許可されず、午後8時から午前5時までの外出は禁止。外出制限の規則を破ったとして、すでに4万人以上が逮捕されたほどだ。新型コロナウイルス感染者が増えたために、家から一歩も出られない完全封鎖が行われた地区もある。

感染に対する不安、経済的不安などによるストレスが、家庭内の弱者に暴力となって向かっている。自分から家を出ることもできず、暴力をふるうパートナーが常に家にいて、助けを求める電話さえできないとしたら——。加害者であるパートナーと家に閉じこもらなければならない女性たちの恐怖は計り知れない。都市封鎖がきっかけとなって暴力が始まったというカップルも少なくない。しかも、外の目が届きにくくなり、パートナーからの暴力は非常に見えにくくなっている。政府から独立した立場で人権状況を監視する公的機関、フィリピン人権委員会は、女性や子どもに対するDVに政府が対応するよう促す声明などを立て続けに発表している。

新型コロナ禍で深刻化している問題は、家庭内暴力ばかりではない。新型コロナによるストレスのはけ口はインターネットにも向かっており、フィリピン人権委員会は、サイバーポルノによる性搾取やSNS上でのセクシュアル・ハラスメントの横行にも警鐘を鳴らしている。ジェンダーに関する政策立案を行う政府機関「フィリピン女性委員会」も、女性らが、封鎖下で検問の業務などに当たる警察官や自治体職員などから、セクハラを受けているといった現状を厳しく非難している。

制度や窓口整備が進むフィリピン

フィリピンには「反セクハラ法(1995年)」「反レイプ法(1997年)」「レイプ被害者保護法(1998年)」「女性大憲章(2009年)」など女性の権利に関する多数の法律があるほか、日本のDV防止法にあたる「反女性・子どもへの暴力法(2004年)」が制定されている。これにより、「バランガイ」と呼ばれる最小行政区(小学校の校区くらいの規模感)や警察などに、緊急時の被害者の助けに速やかに応じる義務が課されている。バランガイの役場は、住民にとって市役所や警察よりもずっと身近で立ち寄りやすい場所だ。相談しやすいと感じる女性も多いだろう。

バランガイの役場や警察などから報告を受けた社会福祉開発省や地方自治体の福祉部門、非政府組織(NGO)が、一時的なシェルターや社会復帰プログラムを提供する。被害者が医療機関にかかった場合も無料となる。同法は加害者への接近禁止や、住居からの退去(所有権が加害者にあっても退去が命ぜられることがある)、禁固や罰金等の処罰についても定めている。さらに、保護した行政機関や医療機関関係者が、事案の報告を怠ったり、被害者の個人情報を開示したりした場合の罰則も規定されている。

DVの相談・支援の窓口としては、社会福祉開発省や国家警察の「女性と子どもの保護センター」、国家捜査局の「女性と子どもへの暴力デスク」などがあり、この問題に取り組む女性団体も多数存在する。