在宅体制が遅れている企業はどう対応したのか

そんなシアトルでも、コロナ以前のテレワークの浸透具合は業界や職種によって濃淡がある。例えば、年配の管理職が多く、個人情報や機密情報を扱うこともある州庁のオフィスでは、対応が遅れている部署もあった。

しかし、3月11日に公立の学校が休校になり、15日には飲食店の営業縮小やイベントの延期・中止が要請された。ワシントン州内で2200人以上の感染者、110人以上の死者が出た3月23日には州知事による自宅待機命令が発出され、翌日からは生活の基盤を支える職業に就く人以外は、仕事を休むかテレワークで働くかしかなくなった。

そこで、テレワークの導入が遅れている企業や官公庁などでは、自宅待機命令までに出社できた人は、普段オフィスで使用しているセキュリティー対策が施されたパソコン一式を各自で家に持ち帰ってテレワークに切り替えた。出社が間に合わなかった人には宅配便でパソコンを配達して対応したという。また、自宅にパソコンがある職員には、IT管理部門の担当者が遠隔からセキュリティー対策を行い、スマートフォンを使ってID認証してオフィスのネットワークにアクセスできるようにした。やはりニューヨークなどのアメリカの他の都市に比べても、対応は素早かったといえるだろう。

「環境」が後押しし、先進地に

ただし、ワシントン州でテレワークの浸透が早かったのは、単に大手IT企業が多かったからというだけではない。

シアトルは昔からリベラルな土地柄で、全米一の高学歴都市としても知られている。大企業であれ中小企業であれ、スーパーフレックス制と言っていいほど職場の自由度が高い。アメリカでは親が子どもの幼稚園や学校、習い事に送迎するのが一般的だが、共働きであってもこうした送迎は夫婦で分担し、どちらかが早番、どちらかが遅番と勤務時間を分けたり、一部をテレワークにしたりして対応できる。

さらに「環境問題」に対する意識の高さもテレワークを後押しした。

緑と湖に囲まれたシアトルは「エメラルド・シティー」と呼ばれ、アウトドアも盛んで、REI(アールイーアイ)などの世界的アウトドアブランドが多数生まれているだけあって、もともと自然保護への意識が非常に高い。

アメリカの大多数の都市と同じく、シアトルも車社会だが、オフィスへの車通勤を減らせば交通渋滞が緩和し、二酸化炭素の排出が削減できるうえ、長く問題となっていた都心の駐車場不足も解消できる。このため政府も企業に対し、税制優遇などのさまざまなテレワーク推進施策を行ってきた。

また、アメリカでは2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降、テロや災害などでオフィスの機能が停止した場合でも業務が継続できるよう、機能分散やリスクマネジメントを目的としたテレワークが推進されたという背景もある。この流れの中で、企業だけでなく政府職員のテレワークも進められた。テレワークが、育児や介護を担う社員のための一種の“福利厚生”として位置付けられてきた日本とは、推進の背景が異なっているのだ。