売り方の幅を広げることがマスト

他方の体験教室やスペシャルイベントは、17年に開始以来、東京と大阪で計約150回開催。参加者の累計は延べ約3000人にのぼり、「WEBサイトやカタログだけでは分からない魅力が、体感できた」などと好評だったそうです。

残念ながら、コロナ禍のいまは開催が一時中断されていますが、ホットクックのように「モノ+コト」へと売り方の幅を拡げることは、近年のマーケティングにおいてとても重要だとされています。

よく言われる理由は、大きく2つです。1つは、実際にある商品を見たり触ったりすることで、顧客に「経験価値(エクスペリエンシャル)」が生まれ、SNSなどで「良かった」「おいしかった」などと口コミを呼びやすくなるから。

もう1つは、経験価値によって商品への「愛着」が生まれ、「せっかく新しく(または次も)買うなら、ホットクックにしよう」といったブランド愛につながるからです。

顧客に“思い出”を提供するマーケティング手法

2000年代初頭、マーケティングにおける「経験価値」の重要性を説いたのは、コロンビア大学・ビジネススクールのバーンド・H・シュミット教授。彼は、顧客を「購入者」ではなく「最終利用者」と捉え、製品やサービスを超えた「思い出づくり」、すなわち使用経験にこそ軸足を置くべきだと説きました。

そのためには、商品を“購入した後”にどう感じたか、との使用経験はもちろん、まだ商品を“買う前”の段階から含めて、顧客に喜びや感動を与える「思い出」を提供することが重要になります。

その際に有効なのが、「モノ+コト」を売る、イベントや体験教室の開催。また、「ヘルシオデリ」の販売は「モノ+モノ」ですが、これもやはり、ホットクックという家電を売って終わりではなく、その先も体験(日々の調理)を売っていくことで、顧客の「ブランド愛」を継続的につなぎとめる、有効な策と言えるでしょう。

「欲しいモノはない」といわれる時代に、どう売るか

「モノ+コト」に乗り出しているのは、シャープだけではありません。

競合の家電メーカー・バルミューダは、ヘルシオの体験教室がスタートしたほぼ同じ時期(17年9月)、東京・代官山の商業施設「代官山 T-SITE」内に、期間限定の店舗をオープン。同社の調理家電で作ったチーズトースターやポップコーンなどを無料で提供するとともに、内装を“インスタ映え”するおしゃれなものにし、SNSでの口コミを喚起しました。

また、アディダスジャパンは19年4月、国内最大の旗艦店「アディダス ブランドコアストア渋谷」を、体感型店舗としてリニューアルオープン。試着室をプロ選手のロッカールーム仕様にするなど、訪れるだけでスタジアムにいる選手になったような気分が味わえる店内は、幅広い世代に評判だといいます。

いまや多くの男女が、「欲しいモノはない」と言い切る時代です。だからこそ、モノだけでなくコトを併せて売ることで、顧客の「経験価値」とブランド愛を創造することが重要。ホットクックの販売手法は、「アフターコロナ」を迎えた際に、より一層光を増すことでしょう。

写真=iStock.com

牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ)
マーケティングライター、世代・トレンド評論家、インフィニティ代表

立教大学大学院(MBA)客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか多数。これらを機に数々の流行語を広める。NHK総合『サタデーウオッチ9』ほか、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。