ベーキングパウダーが前年比3.4倍の注文数
新型コロナウイルス(以下、新型肺炎)の感染拡大を防ぐため、3~4月は学校の休校やテレワーク、外出自粛などの動きが進みました。また4月16日には、政府が「緊急事態宣言」の対象地域を“全国”に拡大すると表明。以来、レストランや定食チェーンなど外食産業は、営業時間の短縮等を余儀なくされ、いっそう大きな痛手を負っています。
一方で、「STAY HOME」で伸びを見せたのが、自宅で過ごす時間をサポートする「巣ごもり消費」。あるショッピングサイトの注文データを見ると、昨年(2019年)3月に比べ、宅飲み需要に応える発泡酒は2.1倍、パンやお菓子作りに使えるベーキングパウダーは3.4倍、そして「おうちごはん」で活躍するホットプレートは1.7倍と、それぞれ注文数が飛躍的に増えているのが分かります(「Yahoo!ショッピング」4月14日公開データ)。
シャープの自動調理鍋、「ヘルシオ ホットクック(以下、ホットクック)」も、巣ごもりでさらに人気を得た商品の一つ。「学校の休校や在宅勤務の影響もあり、今年(2020年)1~3月の販売台数は(前年同月比で)2.5倍、4月には3倍以上に伸びました」と、同社の社長室 広報担当・飯沢潤子さんは言います。
売り上げが3倍になったホットクックの2大特徴
ホットクックの1号機の発売は、2015年11月。当初から、キャッチフレーズの「水なし自動調理鍋」には、おもに2つの意味が込められていました。
1つは、「水なし=無水調理」。ほとんどのメニューが、余分な水を加えない「無水」の状態、すなわち野菜など食材がもつ水分のみで調理できるため、素材本来の旨味や栄養を味わえるのが特徴と言えるでしょう。
もう1つは、「自動調理=調理時間の予約や“ほったらかし調理”ができる」ことです。
朝、材料をセットすれば夕方できたてが食べられる
例えばカレーの場合。朝出掛ける前に、切った野菜やルー、調味料などをホットクックに入れて予約タイマーをセットしておけば、夜帰ってすぐに「できたてのカレー」を味わうことが可能。
内蔵されたセンサーが、温度や蒸気の状態を見計らい、自動で火加減を調整してくれるので、忙しい最中に「火加減はどうだろう」と、コンロの周りをウロウロする必要はないうえ、焦げつきを気にして鍋をかき混ぜる手間からも開放されるでしょう。この部分では、確実に「時短」と言えるはずです。
ですが、飯沢さんいわく「“ほったらかし”の意味は、必ずしも『時短』とイコールではありません」とのこと。一体なぜなのでしょうか。
時短より「ちゃんと家事をしたい」ニーズが高まる
ここ数年、共働き世帯(約1220万世帯)は増加の一途をたどり、いまや専業主婦世帯(約600万世帯)の2倍以上(18年現在)。だからこそ「時短」が叫ばれるのですが……、飯沢さんによると、ホットクックのニュアンスは、「あえて言うなら、『時短』より、新たな時を産む『時産』(家電コーディネーターの戸井田園子さんが提唱した言葉)」だそう。
とくに、昨今のコロナ禍では、時短よりむしろ「ちゃんと家事して生活を整えたい」とのニーズが高まっているようだと言うのです。
在宅ワークで、さらに“ちゃんと家事派”が増加
私自身もそうですが、コロナ禍では、単に朝、昼、晩と調理の頻度が増すだけでなく、「せっかくだから“ちゃんと”栄養を摂らないと」と、つい手間をかけたくなる。とくに今回、感染リスクを防ぐためにも「栄養バランス」が重要とされているので、その思いは強いですよね。
ただ、“ちゃんと”したくなるのは、調理に限りません。在宅勤務になり、自宅にいる時間が増えると、「あそこが汚れてる」と掃除のし残しが目についたり、「そろそろ洗濯しなきゃ」と気になったりします。つまり掃除や洗濯など、調理以外の家事も、なにかと“ちゃんと”したくなる。皆さんも、同じように感じるのではないでしょうか。
ホットクックが“ちゃんと”作ってくれる
そんなとき、ホットクックのような便利な家電を使えば、火加減の見張り番やかきまぜといった細々した手間から解放され、目を離しても食材をじっくりコトコト煮込めたり、掃除やアイロンがけなど別の家事に時間を回せたりする。
これが、先の戸井田さんが提唱した「時産」です。
またホットクックは、新型肺炎がまだ社会問題になる2年以上前から、具体的には17年9月から、自動調理鍋というモノ(家電)だけでなく「コト」を売る2つの施策に乗り出していました。
1つが、ヘルシオシリーズで簡単調理ができる食材キットの宅配サービス「ヘルシオデリ」の展開。もう1つが、ヘルシオシリーズを使った調理体験ができる、体験教室やスペシャルイベントの開催です。
有名店の味を自宅で楽しめる料理キット
まず、前者のヘルシオデリは、シャープが「ぐるなび」の加盟店やタイヘイなどと共に、有名店の味を自宅で楽しめる料理キットとして始めた宅配サービス。
包丁を入れたり、食材をわざわざ買いに行ったりする手間は要りません。袋から出して自宅のヘルシオシリーズ(ヘルシオ ホットクックや、ウォーターオーブン ヘルシオ)に入れ、ボタンを押せばOK。簡単においしく調理できる点が人気を呼び、アッという間に話題になりました。
当初は、著名なシェフのメニューを手軽に味わえる“プレミアムな料理キット”として登場しましたが、18年11月からは「共働き世帯」を強く意識し、日々の食事として手軽に楽しめる「デイリーコース」も含めてラインナップ。
さらに19年11月からは、賞味期限が長い「冷凍」のミールキットの発売も開始しました。一例は、「カレー煮込みハンバーグ」や、「国産鶏と彩り野菜のパスタ」、「牛肉と国産ごぼうの柳川風」などで、「冷凍でまとめ買いする方が増え、ホットクック本体と同様、今年20年1~3月は、前年同月比で2.5倍に、4月には3倍以上の販売数を記録しました」(飯沢さん)
売り方の幅を広げることがマスト
他方の体験教室やスペシャルイベントは、17年に開始以来、東京と大阪で計約150回開催。参加者の累計は延べ約3000人にのぼり、「WEBサイトやカタログだけでは分からない魅力が、体感できた」などと好評だったそうです。
残念ながら、コロナ禍のいまは開催が一時中断されていますが、ホットクックのように「モノ+コト」へと売り方の幅を拡げることは、近年のマーケティングにおいてとても重要だとされています。
よく言われる理由は、大きく2つです。1つは、実際にある商品を見たり触ったりすることで、顧客に「経験価値(エクスペリエンシャル)」が生まれ、SNSなどで「良かった」「おいしかった」などと口コミを呼びやすくなるから。
もう1つは、経験価値によって商品への「愛着」が生まれ、「せっかく新しく(または次も)買うなら、ホットクックにしよう」といったブランド愛につながるからです。
顧客に“思い出”を提供するマーケティング手法
2000年代初頭、マーケティングにおける「経験価値」の重要性を説いたのは、コロンビア大学・ビジネススクールのバーンド・H・シュミット教授。彼は、顧客を「購入者」ではなく「最終利用者」と捉え、製品やサービスを超えた「思い出づくり」、すなわち使用経験にこそ軸足を置くべきだと説きました。
そのためには、商品を“購入した後”にどう感じたか、との使用経験はもちろん、まだ商品を“買う前”の段階から含めて、顧客に喜びや感動を与える「思い出」を提供することが重要になります。
その際に有効なのが、「モノ+コト」を売る、イベントや体験教室の開催。また、「ヘルシオデリ」の販売は「モノ+モノ」ですが、これもやはり、ホットクックという家電を売って終わりではなく、その先も体験(日々の調理)を売っていくことで、顧客の「ブランド愛」を継続的につなぎとめる、有効な策と言えるでしょう。
「欲しいモノはない」といわれる時代に、どう売るか
「モノ+コト」に乗り出しているのは、シャープだけではありません。
競合の家電メーカー・バルミューダは、ヘルシオの体験教室がスタートしたほぼ同じ時期(17年9月)、東京・代官山の商業施設「代官山 T-SITE」内に、期間限定の店舗をオープン。同社の調理家電で作ったチーズトースターやポップコーンなどを無料で提供するとともに、内装を“インスタ映え”するおしゃれなものにし、SNSでの口コミを喚起しました。
また、アディダスジャパンは19年4月、国内最大の旗艦店「アディダス ブランドコアストア渋谷」を、体感型店舗としてリニューアルオープン。試着室をプロ選手のロッカールーム仕様にするなど、訪れるだけでスタジアムにいる選手になったような気分が味わえる店内は、幅広い世代に評判だといいます。
いまや多くの男女が、「欲しいモノはない」と言い切る時代です。だからこそ、モノだけでなくコトを併せて売ることで、顧客の「経験価値」とブランド愛を創造することが重要。ホットクックの販売手法は、「アフターコロナ」を迎えた際に、より一層光を増すことでしょう。