遠慮して「ノー」とは言わない。それで広がる世界がある
自分の働き方を見つめ直していくなかで、さらにカルチャーショックを受ける出来事があった。自分よりも若い20代の女性がチームのマネージャーに起用されたのだ。ベテランの男性社員が大勢いる中での抜擢で、本当に務まるのかと反対する声もあったが、実際にチームの雰囲気は良くなったという。
「彼女はものすごくロジカルな人で、上司として的確にサポートしてくれる。コミュニケーションが上手で、ちょっと気になることがあるとすぐ席へ来て、『こういうところはちょっと違うと思うけれど、あなたはどう思う?』とフィードバックを即時にくれる人でした」
年齢や性別、経験に関わらず、能力主義で登用されていくことへの納得感。そして、彼女も遠慮して「ノー」とは言わなかったことが驚きだったと、川本さんの声ははずむ。
「彼女から学んだのは、チャンスが来た時に怖じ気づかないこと。自分には無理だろうとか、大変そうだからやりたくないと思う場面はけっこうあるけれど、それを引き受けることによって広がる世界があるということを彼女が見せてくれた。だから、自分も何かそういう機会があったら、思いきって一歩踏み出してみようと思えるようになったんです」
最善を尽くすことが、最適な関わりとは限らない
2016年にはチームのマネージャーに昇格。シンガポール、韓国など多国籍なチームを率いることになった。
「私も最善を尽くしたい、チームワークを最大に高めたいという思いがあって、ドイツの女性上司から学んだことをそのまま活かしたいと思いました。一対一のミーティングを設けたり、こまめにフィードバックしたりと気を使いながら取り組んでいたけれど、それが合う人もいれば、そこまで細かく入り込んでもらいたくないという人もいる。様々な人との関わりの違いを初めて痛感しました」
シンガポールは離職率が高く、辞めてしまう社員も多い。なかでも心残りなのは、新人の女子社員が辞めてしまったことだ。本人はやる気もあって、いろいろなプロジェクトに意欲的だったが、組織の中では当然ながらできることとできないことがある。理想と現実の間で壁にぶつかってフラストレーションを溜めていることを案じ、何度も話し合いをしたが、彼女は1年半ほどで退社したのである。
「すごくショックでした。今でもどういう関わり方をしたら彼女は続けていたのか、もう少し活躍できそうな場を考えて作り出すこともできたのではと、その答えがないまま引きずっている部分もありますね」