タニタとの関わりを避けていた子供時代
——まずはタニタと谷田家の歩みをお聞かせください。
【谷田】タニタは、私の祖父である谷田五八士(いわじ)が1944年に設立しました。ライター、トースターなどのOEMから体重計製造販売で業績を伸ばし、87年には五八士の四男だった父・谷田大輔が後を継ぎました。父はその後20年以上にわたって社長を務め、この間にOEMからの脱却、体脂肪計や体組成計の自社開発、海外進出など、さまざまな成長戦略を成功に導いています。
私は4人きょうだいの次男で、上に兄、下に弟、妹がいます。父から事業を承継したのは2008年のことで、創業家三代目の社長に当たります。今でこそ、自分の経営姿勢に谷田家のDNAを感じるようになりましたが、子どもの頃は家業について意識しておらず、「お鉢が回ってくる」という気持ちもありませんでした。
——幼少期から高校時代にかけては、家業に対してどんな印象をお持ちだったのでしょうか。
【谷田】幼い頃から、おぼろげながら「谷田家は会社を経営しているんだな」と理解していました。とはいえ、当時社長だった祖父からは、会社の話を聞いた記憶はありません。タニタに関する最初の思い出は、小学生の頃でしょうか。商品について父とよく話していたことを覚えています。
父が家に持ち帰ってくる開発中の商品を見ては、自分なりにあれこれ意見を言っていました。4人きょうだいのうち、そんなことをするのは私だけだったそうです。今思うと、仕事で忙しい父が自分の話を熱心に聞いてくれること、商品を通してコミュニケーションをとれることがうれしかったのかもしれません。
当時は、ただ楽しくてそうしていたのですが、後にタニタに入社してから「あれは仕事をしていたんだな」と気づきました。今の自分が商品企画に強いと自負するのも、小学生の頃から商品に対して意見をしていたから。私の意見が実際に反映されたわけではありませんが、企画の良しあしを判断する力はこの頃に養われたのではないかと思っています。仕事に関する私の原体験と言えるでしょう。
おそらく父には、今で言う「職育」のようなつもりはなく、ただ小学生の意見が新鮮に聞こえたのだと思います。商品に意見するとなると、大人はどうしても忖度や先入観が入りがちですから、それが一切ない意見は貴重だったんでしょう。でも、父とそんなやりとりをしながらも、当時の私にはタニタやその経営に関わる気はありませんでした。
——なぜ関わる気になれなかったのでしょうか。
【谷田】一度、家族イベントか何かで会社に行ったことがあるのですが、創業家の息子ということで丁重すぎる扱いを受けたのです。自分と同じようなお子さんをもつ大人が自分に頭を下げるのが嫌で、以降は社内イベントへの参加も、社員に会うことも避けるようにしていました。
もう少し成長すると、ファミリービジネスの承継は親族間の争いのもとだという話も聞くようになり、争わないためにも自分はタニタに入るまいと思うようになっていました。それでも、父とはずっと商品の話はしていましたし、高校時代にはタニタのホームページの改善案を(もちろん父に請われたため)渡したりもしていましたね。
そんな形で、父を通して会社に関わりながらも、心の中では「早く自立したい」「タニタ以外で働いて食べていけるようになりたい」と思い続けていました。そこで、自活への最短ルートとして、高校を卒業したら調理師を目指そうと決心したのです。
▼PRESIDENT経営者カレッジ 谷田千里ゼミナールのお知らせ
谷田千里社長の足跡をたどりながら、事業承継のノウハウをはじめ、事業の拡大のヒントや、親族経営ならではのしがらみの解決方法などを、具体的に学べます。25名限定の講座です。テーマ:「変革のファミリービジネス・マネジメント」(全3回)
開催日:
第1回:2020年6月30日(火)15時~17時 ※懇親会:17時~19時
「タニタのDNA」
創業から培った自社の強みを知ることが、事業拡大のきっかけに
第2回:2020年7月21日(火)15時~17時
「海外ビジネスでの学び」
自分の視野を広げるきっかけをつくる大切さを知る
第3回:2020年8月25日(火)15時~17時
「社長在任の10年間」
自社の強みを核に、ビジネスの幅を広げる極意とは
対象:経営者、後継者、経営幹部
受講料:16万5000円(税込み)
▼詳細、お申込はこちら