アメリカで得た「気づき」が現在の糧に
——具体的にはどんな意見を言われたのですか。また、反発はどう乗り越えられたのでしょう。
【谷田】タニタは体脂肪計で特許をとっていましたから、仕事ぶりが生ぬるくても市場トップの座を守れるわけです。私の目には、皆がそこにあぐらをかいているように映りました。それまで経営コンサルタントとして関わってきた、絶えず成長を目指す企業とはまるで基準が違う。私はタニタもそうすべきだ、意識を変えようと言って回ったんですが、皆にはただの苦言に聞こえたでしょうね。
当時の私は、社員の意欲を上げることや、人心をつかむことなんてまるで気にしていませんでした。「理論的に正しいことに反対する人はいない」と思っており、誰が相手でも直言を繰り返しましたから反発を招くのは当たり前。やがて、反発の声は父の耳にも届くようになりました。
それをどう乗り越えたかと言うと、乗り越えていないんです。父にアメリカ行きを命じられましたから。建前は「グローバルビジネスを学んでこい」ということでしたが、本音は社内の反発を治めるためだったと思います。行きたくありませんでしたが、辞令なので従わざるを得ません。仕方なく、アメリカで1年間語学研修を受けて英語力をつけてからという条件で、タニタアメリカへの赴任を受諾しました。
——海外ビジネスの現場を体験したことで、どんな気づきを得られましたか。
【谷田】最も大きかったのは、人心掌握の大切さを知ったことです。それまでの私は、人を動かそうと思ったら理詰めでロジカルに説得するのが一番だと思い込んでいました。私自身がそうでないと納得しない性格でしたし、前職では周りも皆同じだったので、人間とはそういうものだと思っていたんです。人を動かすのに、感情や心が入る余地はないと。
しかし、当時のタニタアメリカの社長は、私と同じロジカルタイプにもかかわらず、アフター5の付き合いをとても大事にしていました。仕事にはいつも真摯に取り組んでいて、私はとても尊敬していたのですが、付き合いの部分に関しては「よく遊ぶ人だな」くらいにしか思っていませんでした。
私はそうした社外での付き合いをまったくしていなかったもので、ある時彼から「飲みに行くのも仕事のうちだぞ」と怒られましてね。それまで遊びだと思っていたことが、仕事の一環だったと知って大きなショックを受けました。言われてみると、彼は顧客や部下と飲みに行って信頼関係を築くことで、実際に業績を上げているんですよ。
これ以降、私の意識は大きく変わりました。それまで理詰めの説得に勝るものはないと思い込んでいたのが、逆に感情や心こそが人を動かすのだと気づいたのです。まさにコペルニクス的転回でした。人を動かせなければ業績は上がらない、人を動かすにはまず心をつかまねばならない──。この気づきは、経営者になった今も私の大事な指針になっています。