帰宅後から翌朝までのTo Doは60件

医療的ケアが日常的に必要な子どもの数は、現在1万8千人を超えている(厚生労働省報告)。だが、こうした「医療的ケア児」が増える一方、家族への社会的支援はまだ立ち遅れているという。そうした状況でも仕事を続けられたのは、やはり夫のサポートが大きかった、と綾さん。

「ペーパーワークや、考えなきゃいけないことが毎日山のようにあるので、どうやって効率的にこなしていくかを相談しながらやっています。本当にやっていけるか不安になるときもありますが、もっと合理化できることがあるとわかると、さらに頑張ってみようかなと思えるんです」

帰宅から翌朝にかけて行うことをリストにしている。食事の支度から寝る準備まで済ませ、子どもを寝かしつけると、呼吸器やおむつなどの補充、連絡帳の記入にお弁当の準備。朝も分刻みで支度し、〈ゆうた積み込み、ひざ掛けを足元に置く〉など60件ほどタスクがある。それを見直し、家族会議をするのが日課だ。

その仕組みを作った崇さんは、帰宅後のタスクの大部分を担う妻をこんな思いで見守ってきた。

「僕は『1つのタスクにかける時間を自分で決めなさい。それ以上やったら夜も寝られないよ』と話しました。細かくタイムスケジュールを作り、妻ができないときはできるだけ助けられるようにする。いわば共倒れを防ぐためにも大切なんです」

夫婦で情報を共有するデバイスもそろえ、働く妻を支えてきた崇さんは「コンサルティングフィーが欲しいくらい」と快活に笑うが、それは仕事でも活かされると期待する。

「彼女のような働き方はたぶん社内でも先例がないので、職業人としても大きなチャンスじゃないかと」

今は異動してさらに多忙になったが、家族の支えが励みになっている。

「優太も小学校に入る頃は『あーあ』と声を発するだけで、自分の必要なことを伝えるのも難しかったけれど、いろんな刺激を得るなかで成長している様子が目に見えます。この子がどうやって自立していけるかということを、本人の関心を掴みながら考えていきたいですね」

優太くんは4年生になり、勉強への興味も増している。親子で好きな電車を見に行くこともある。時間に追われる日々でも、一緒に過ごして「ああ、楽しいね」と思えるひとときにホッとする。この先、いかなることがあっても、家族3人でより良く生きていく覚悟は変わらない。

綾 綾子(あや・あやこ)
1998年、東京海上日動火災保険入社。海外の会社との間で行われる再保険取引に関する経理業務を担当後、関東甲信越地域の人事・厚生・採用業務および、部内の人材育成などを担当し、現在は再び経理業務に戻る。産休・育休と介護休暇制度を利用した休暇を経て2012年、フルタイムで職場復帰。

撮影=伊藤菜々子

歌代 幸子(うたしろ・ゆきこ)
ノンフィクションライター

1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。