お金の話を切り出すタイミングを間違えない

「患者さんからナースコールが入ったんです。私が駆けつけると、親族らしい人たちが『家の権利書はどこにあるの?』『株式はどこの証券会社に預けているの?』などと問いつめていたんです。患者さんはとてもつらそうで、ついカッとして『容態が急変したようですので、出て行ってください!』と言ってしまいました。みなが渋々出て行った後で、患者さんに『ありがとう。助かったよ』って言われましたけど、ちょっとやり過ぎたかもしれません」

保坂 隆『精神科医が教える 親のトリセツ』(中公新書ラクレ)

看護師から、こんな話を聞いたことがあります。看護師はどんな場面でも感情的にならないようにトレーニングを受けていますから「カッとした」というのはよほどのことだったと思います。でも、患者さんに感謝されたのですから、行儀の悪い親族を追い出したのは賢明な判断だったと思います。

これは極端な例でしょうが、お金や資産の話を切り出すならば、話し方だけではなくタイミングも重要です。何より、親が精神的にも身体的にも安定している状態のときに切り出すのがベストといえます。

体調がすぐれないときは、誰でも悲観的・反抗的になるものです。前出の看護師が目の当たりにしたように、入院してベッドに横たわっている状態でお金のことをあれこれ聞かれると、「私がもう長くないから、聞き出そうとしているのだろう」と落ち込ませるだけではなく、「なんて薄情な人間なんだ。親族とはいえ、こんなヤツらに絶対に教えたくない!」という反発心が芽生えたりします。

体調の悪いときは快復に専念してもらうのがいちばんですし、親族としても十分な配慮が必要です。

兄弟姉妹がそろったところで話す

また、日頃からコミュニケーションをしっかり取っていなかった親子の場合も、お金の話を切り出すタイミングが難しくなります。かれこれ十数年も顔を見せていなかったのに、久しぶりに帰って来た途端に「貯金はどれくらいあるの?」などと聞けば「親のことよりもお金の心配か!」と、不愉快になるのは当然です。

ですから、親の老いが気になってきたら、今まで以上にコミュニケーションを密にとることが大切です。といっても、毎週足を運ぶ必要はなく、普段は電話やメールでやりとりし、お盆やお正月に帰省するという一般的な対応で十分でしょう。

「一般的」と言いましたが、とくに息子の場合は、よほど親と仲がいい人以外は「話題がないから、電話をするのもしんどい。メールなんて絶対に無理」「せっかくの休日は家族で過ごしたいから、わざわざ実家に帰るのは……」などという理由で、コミュニケーションをとっていないことが多いようです。

でも、親としては、「たとえ話がなくても、電話で声を聞いたり、『元気?』とメールをくれるだけでもうれしい」もの。こんな何気ないやりとりでも、親への感謝や気遣いが通じるのが親子なのではないでしょうか。

そして、このような「下地」をしっかり作っておけば、お金の話を持ち出しても誤解されたり感情的な反発を受けずにすむようになります。

兄弟姉妹がいる場合は、もうひとつ注意が必要です。それは、親にお金や財産の話を聞くときは、必ず子ども全員が揃った場で聞くということ。誰かが単独で親とお金の話をしたことが他の兄弟姉妹に知れると、「アイツは父さん(母さん)にうまいことを言って、財産を独り占めしようとしているのではないか」などと勘ぐられる可能性があります。

そんなつもりはなくても、こうした親とのやりとりがきっかけで兄弟関係がぎくしゃくしてしまうと、親に介護が必要になった時などに協力し合えなかったり、まだ存命の親を前にして相続で揉めるなど、大きな禍根と恥を残すことになりかねません。

お金というのは決して不浄なものではありません。しかし、デリケートな問題であるのはたしかです。だからこそ、慎重な根回しが必要なのです。

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保坂 隆(ほさか・たかし)
精神科医

1952年山梨県生まれ。保坂サイコオンコロジー・クリニック院長、聖路加国際病院診療教育アドバイザー。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学精神神経科入局。1990年より2年間、米国カリフォルニア大学へ留学。東海大学医学部教授(精神医学)、聖路加国際病院リエゾンセンター長・精神腫瘍科部長、聖路加国際大学臨床教授を経て、2017年より現職。また実際に仏門に入るなど仏教に造詣が深い。著書に『精神科医が教える50歳からの人生を楽しむ老後術』『精神科医が教える50歳からのお金がなくても平気な老後術』(大和書房)、『精神科医が教えるちょこっとずぼら老後のすすめ』(海竜社)など多数。