※本稿は保坂隆『精神科医が教える 親のトリセツ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集しました。
子に相談せず生活保護を申請する母
「ある日、役所から電話がありました。用件は、私の母親が生活保護を申請しているのだが、そちらで面倒を見られないだろうか、というものでした。私は大学卒業後、実家からかなり離れたところで仕事に就いていたため、ほとんど帰省することがありませんでした。でも、母から経済的援助を申し込まれたことがなかったので、『自分でなんとかやっているはず』と思い込んでいたんです。だから、まさに寝耳に水でしたし、恥ずかしくなりました」
日本ではお金を不浄なものとする考え方が強く、親しくなればなるほど、お金の話題を避けるようになりがちです。親子というのは、その最たるものかもしれません。それで、このような事が起きてしまうのです。
そもそも、親というのは経済的に困っていても、「子どもにだけは迷惑をかけたくない」「子どもに頼るほど落ちぶれていない」と考えて、黙っているケースが少なくありません。
しかも、このような困窮は、蓄えや年金を含む収入が足りていない場合だけに起きる問題ではありません。親が親族などの連帯保証人になって多額の借金を背負わされるというトラブルも多いと聞きますし、最近は、振り込め詐欺に代表される特殊詐欺に大切な預貯金を奪われることもあります。そしてその結果、土地家屋まで失い、知らぬ間にアパート住まいになっていたというケースもあるようです。
親の経済状況は知っておいたほうがいい
いずれにしても、親が経済的に困っているのを知ったら、子どもとしては放っておくわけにはいきません。しかし前出のように、突然、第三者から知らされた場合にはいろいろな意味でうまく対応できないでしょう。
日本人の平均寿命は男女ともに80歳を超えているため、そんな「もしも」のときには子ども世代がすでに年金生活に入っていることも考えられます。そうなると、予想外の出費で自分たちの老後の生活設計に影響を受けることもあるでしょうし、その結果、夫婦間に亀裂が生じることもあるでしょう。兄弟姉妹がいるなら「父さん(母さん)がここまで追いつめられる前に、なぜ気がつかなかったんだ」という言い争いに発展するかもしれません。
このようなトラブルを防ぐためにも、親の経済状況はきちんと知っておいた方がいいわけです。親の蓄えや保険・年金で老後の生活がすべてまかなえるとわかれば、それで安心できますし、足りないようであれば、早い時期から少しずつ対応していけば大きな負担にならないはずです。
なかには「自分の生活だけで精一杯。親には申し訳ないが、面倒をみる余裕はない」という人もいるはずです。こんなときは事情を説明して、生活保護の申請を進めてもらうという方法もあります。
お金の話の上手な聞き出し方
「先生がすすめていたので、帰省した際に『ねぇ、保険証や預金通帳、家の権利書なんかはどこにしまってるの?』と父親に聞いたんです。そうしたら、急に機嫌が悪くなって『その歳になっても、お前は親のすねをかじろうとしているのか!』と怒鳴られてしまいました。やっぱり、親とお金の話をするのは難しいですね」
後輩に、こんなことを言われてしまいました。いやはや申し訳ない話です。「親の経済状況は知っておくべき」と話しておきながら、こんなことを言うのは恐縮なのですが、こうした反応が返ってくるのはよく聞く話です。
おそらく誰でも、久しぶりに訪ねてきた子どもにいきなり「通帳や権利書はどこにあるの?」と聞かれたら、「私たちの懐をあてにしているのか!」と感じるでしょうし、「歳をとったから、お金の管理ができないと思われているのかもしれない」という被害妄想を感じるかもしれません。
これは、普段から親子間でお金の話をしていないために起きる拒絶反応です。このような拒絶反応を回避するには、ちょっとした会話テクニックが必要です。
たとえば、身近で起きたことを例にあげるのもいいでしょう。
「同僚のお父さんがひとり暮らしをしていたんだけど、急に倒れて病院に運び込まれたんだ。その時に、保険証や通帳の置き場所がわからず、入院の手続きや支払いにすごく困ったんだって。オヤジはまだまだ心配ないだろうけど、そうなったときにオレが困らないよう、保険証や通帳の置き場所を教えておいてもらえないかな」
といった感じです。
エンディングノートを書いてもらうには
自分の健康と、子どもに迷惑をかけたくないということは、親が最も気にしている点なので、このように自分と同年齢の人が健康を害して子どもが大変な目にあったと言えば、「ウチもそうなったら困る」と感じてくれるはずです。
もうひとつおすすめなのが、エンディングノートを書いてもらうことです。エンディングノートとは、万が一の時に備え、我が家の家系図や自分史、家族への伝言、所有財産の一覧などを書き留めておくノートです。根掘り葉掘りお金について聞くよりも、自発的に書いてもらう方がよほど楽ですし、親にとっても、悔いのない人生の締めくくりに役立つかもしれません。
なかには「縁起でもない!」と怒る親もいるでしょう。その場合は「誰だっていつかは死ぬんだよ。その時に自分が思うような葬儀になった方がいいでしょう。だから、希望を書いておいてほしいんだよ」と言えば、渋々でも受け入れてもらえるのではないでしょうか。
大学ノートや手帳に書いている人もいるようですが、それだと漏れてしまうことがあるので、専用のエンディングノートに書く方がいいようです。ちなみに、大きな書店や文具店へ行けば1000~1500円で販売されています。
親の資産状況をつかむコツ
前項で「お金の話の上手な聞き出し方」を紹介しましたが、読んでいてなんとなく不愉快になった人も多いと思います。その理由はおそらく「実の子なのだから、信用してくれて当たり前じゃないか。泥棒のような扱いをしないでほしい」と感じたからでしょう。
でもそれは、子ども側の勝手な思い込みにすぎません。納得してもらうには「段取り」が必要です。
段取りはまず、日常生活のおしゃべりの中で、経済状況につながるような事柄に触れることから始めてはどうでしょうか。
たとえば、「消費税も物価も上がって物入りだよね」「ずいぶんたくさん薬の袋があるようだけど、薬代もバカにならないでしょう?」「たまには旅行でも行ったらどうなの?」「このエアコン、もう10年くらい使っているんじゃないの。最新モデルは電気代の節約になる、買い換えたら?」のように、お金の話題を世間話として持ち出してみるのです。
人は、関心のある話に敏感に反応するものです。そのため、もし資産状況が悪化している場合は、「旅行か。そりゃ行きたいけど、余裕がないから難しいな」などと返事が返ってくるはずです。ここから、お金の話へ自然とつなげていけばいいでしょう。
冷蔵庫からもわかることがある
話に乗ってこない場合は、「氷、ある?」「麦茶が飲みたいな」などと言って、冷蔵庫や冷凍庫を開け、買いだめしてある食材の量や種類などが以前と変化していないかどうかを確認してみましょう。ガランとしていたり、「○○円引き」というシールが貼ってある食材ばかり目立ったら、家計が苦しいのかもしれません。ただし、高齢になると食が細りますし、「好きで倹約している」という人もいるので、これだけで判断するのは尚早ですが、最近の経済状態や健康状態を知るヒントになることはたしかです。
また、家をバリアフリーにリフォームをしたいと考えているシニアは多いため、これを「話の入り口」にする方法もあります。「久しぶりに見たら、お風呂場の段差がけっこうあるね。歳をとると小さな段差でも転ぶことがあるそうだから、バリアフリーにリフォームした方がいいんじゃない?」といった感じです。
すると、「実はもう工務店に予約してあるんだ」とか「やりたいのは山々なんだが、けっこう金額がかかるらしいんだ」のような返事が返ってくるはずです。ここからもお金の話に発展できる可能性があります。
このように、さり気ない話題から親の気持ちをお金の問題に向けさせ、親の方から「今、これだけの蓄えがあるから、大丈夫だよ」とか「そろそろ資産を整理して、お前にも把握しておいてもらうべきかな」と口にしてもらえればベストでしょう。
ただし、たとえお金の話になったとしても、子どもの方から「資産」や「相続」という単語は使わないこと。これらの単語はシニアには生々しい印象を与えるため、急に口をつぐまれる可能性があります。話の「段取り」は作っても、それ以降は「受け身」に徹することが、親からお金の話を上手に聞き出す秘訣です。
お金の話を切り出すタイミングを間違えない
「患者さんからナースコールが入ったんです。私が駆けつけると、親族らしい人たちが『家の権利書はどこにあるの?』『株式はどこの証券会社に預けているの?』などと問いつめていたんです。患者さんはとてもつらそうで、ついカッとして『容態が急変したようですので、出て行ってください!』と言ってしまいました。みなが渋々出て行った後で、患者さんに『ありがとう。助かったよ』って言われましたけど、ちょっとやり過ぎたかもしれません」
看護師から、こんな話を聞いたことがあります。看護師はどんな場面でも感情的にならないようにトレーニングを受けていますから「カッとした」というのはよほどのことだったと思います。でも、患者さんに感謝されたのですから、行儀の悪い親族を追い出したのは賢明な判断だったと思います。
これは極端な例でしょうが、お金や資産の話を切り出すならば、話し方だけではなくタイミングも重要です。何より、親が精神的にも身体的にも安定している状態のときに切り出すのがベストといえます。
体調がすぐれないときは、誰でも悲観的・反抗的になるものです。前出の看護師が目の当たりにしたように、入院してベッドに横たわっている状態でお金のことをあれこれ聞かれると、「私がもう長くないから、聞き出そうとしているのだろう」と落ち込ませるだけではなく、「なんて薄情な人間なんだ。親族とはいえ、こんなヤツらに絶対に教えたくない!」という反発心が芽生えたりします。
体調の悪いときは快復に専念してもらうのがいちばんですし、親族としても十分な配慮が必要です。
兄弟姉妹がそろったところで話す
また、日頃からコミュニケーションをしっかり取っていなかった親子の場合も、お金の話を切り出すタイミングが難しくなります。かれこれ十数年も顔を見せていなかったのに、久しぶりに帰って来た途端に「貯金はどれくらいあるの?」などと聞けば「親のことよりもお金の心配か!」と、不愉快になるのは当然です。
ですから、親の老いが気になってきたら、今まで以上にコミュニケーションを密にとることが大切です。といっても、毎週足を運ぶ必要はなく、普段は電話やメールでやりとりし、お盆やお正月に帰省するという一般的な対応で十分でしょう。
「一般的」と言いましたが、とくに息子の場合は、よほど親と仲がいい人以外は「話題がないから、電話をするのもしんどい。メールなんて絶対に無理」「せっかくの休日は家族で過ごしたいから、わざわざ実家に帰るのは……」などという理由で、コミュニケーションをとっていないことが多いようです。
でも、親としては、「たとえ話がなくても、電話で声を聞いたり、『元気?』とメールをくれるだけでもうれしい」もの。こんな何気ないやりとりでも、親への感謝や気遣いが通じるのが親子なのではないでしょうか。
そして、このような「下地」をしっかり作っておけば、お金の話を持ち出しても誤解されたり感情的な反発を受けずにすむようになります。
兄弟姉妹がいる場合は、もうひとつ注意が必要です。それは、親にお金や財産の話を聞くときは、必ず子ども全員が揃った場で聞くということ。誰かが単独で親とお金の話をしたことが他の兄弟姉妹に知れると、「アイツは父さん(母さん)にうまいことを言って、財産を独り占めしようとしているのではないか」などと勘ぐられる可能性があります。
そんなつもりはなくても、こうした親とのやりとりがきっかけで兄弟関係がぎくしゃくしてしまうと、親に介護が必要になった時などに協力し合えなかったり、まだ存命の親を前にして相続で揉めるなど、大きな禍根と恥を残すことになりかねません。
お金というのは決して不浄なものではありません。しかし、デリケートな問題であるのはたしかです。だからこそ、慎重な根回しが必要なのです。