言い訳の機会を与えていないか

当然のことながら、変えられるのは未来のみであり、もう出てしまった結果(=事実)は変更不可である。よって、原因分析という大義のもと、ただひたすらに過去について議論することで価値は生まれない。

原因分析を踏まえて対策案を計画し、いつまでにどのような状態にもっていくのか、というコミットメントをセットで行わない限り、新たな価値は生まれない。もしみなさんの会社での会議が過去トークに終始しているならば、それは単に、発表者に「言い訳の機会」を提供しているに過ぎない。

“話を短く”するためには、もう出ちゃっている結果についての分析は当事者の責任として会議の場に来るまでには、ほぼ終わっている状態でスタートを切らなくてはならない。そのうえで会議の場は、「約束の場」として機能させなければならず、「じゃあ、どうするのか?」という未来側に視点をもった話にウェイトを割かなければならない。

このように長い会議は、過去トークから未来トークに軸足を移すことで圧倒的に短くすることができる。

言い訳なのか課題認識なのかを見抜く

管理者のみなさんは、部下の言い訳と課題認識を識別できるだろうか。この紙一重の発言に悩まされている上司も多いのではないかと思う。前述の通り、原因分析に会話の中心が置かれている場合、この2つを見抜くことが困難となる。困難だからこそ管理者サイドは多くの質問をしなければならず会話が長くなる。ここでも未来視点の会話かどうかで課題認識かどうかを識別しなければならない。

1.未達申し訳ありません。引き続き頑張ります
2.○○という施策で1週間後の商談数を10とします
3.がんばったのですが、足りませんでしたあとは気合でがんばります
4.○○というツールを使用し、納期を3日短縮します

ここまで極端に表現すればわかりやすいと思うが、1、3のように未達状態を前提に部下が「引き続きがんばります」という場合、これはまったく課題認識としてセットされていない。ここで原因分析をいくら掘り下げても部下の意識上、言い訳状態のまま時間が経過することになる。

2、4は未来視点で行動変化とコミットメントを述べることで“約束”を行っているためこれらは課題認識といってよい。

つまり、未来視点の「じゃあどうする?」について具体的施策と期限、およびその期限時の状態を述べているならば、部下の意識は課題認識に向いている、ということになる。