私はあなたが思っているほどバカじゃない

結婚をして、出産をして、なおかつ出世街道を歩む女、石原を快く思わない勢力も社内にはあった。だが、気にしても仕方がない。石原はただ、いいと思ったことを単純に貫いていった。自己主張をし、自分の居場所を自分で切り拓いた。

「夫が九州の朝日新聞西部本社に代表として赴任することになった。それを知った社長から『君も九州の高島屋に異動させてあげようか』と言われたことがあったけれど、私は即座に断った。夫の異動のために自分も赴任地に異動するという考えは私の中に、まったくなかったから。

大陸で育ったこともあり、男尊女卑的な日本の価値観を知らなかったからね。社会に出てからは驚くことばかり。あんまり女だというだけでバカにする相手には、こう言ってあげた。『そう、あなたの周りには利口な女性がいなかったのね』。このひと言に相手がびっくりしているところへ、『私はあなたが思ってるほどバカじゃありません』と重ねて反論するの」

昭和五十(一九七五)年には東京支店次長、昭和五十二(一九七七)年には理事(役員待遇)になった。石原の立場が上がるにつれ、やっかみの声は大きくなった。

「女の出世に対して、あれこれ言われたとしても、全部無視すればいい。気にしたってしょうがないし、第一、敵はこちらを落ち込ませようとしているわけだから、落ち込んだら負けでしょ。女は組織には向かないだとか、管理職には向かないだとか、男たちは言いたがる。言わせておけばいい。本当は単にライバルが増えるのが嫌なだけ。女性は自分の下にいて、競争相手にはならない存在であって欲しいというのが彼らの本音よ。

女の人がなぜ出世できないかって? それはできないようなシステムになっていたからよ。女の能力とは無関係よ」

女性の覚悟も必要

その一方で、男性たちから低く見られてもしかたのない一面が女性たちの側にもある、と歯がゆくも感じていたと語る。

「女も仕事をきちんとして、評価をされるように訴えないと。男の人に嫌われたらどうしようとか、そんなことを考えて遠慮しているようではダメですよ。それから仕事に対して、きちんとした覚悟を持っていないといけない。だいたい大学卒の優秀な女性が入ってきても、みんなよく辞めていく。仕事に対するイメージが薄いし、家庭との両立をどうしようという気持ちもない。初めから結婚したら辞めようと思って働いている。それでは会社も戦力とは考えられない。

女も仕事を結婚までのつなぎと考えたり、結婚相手を求めて物欲しそうにしていたり。そんなことでは幼稚すぎる」

石井妙子(いしい・たえこ)
1969(昭和44)年、神奈川県生まれ。白百合女子大学卒、同大学大学院修士課程修了。2006年に『おそめ 伝説の銀座マダム』(洋泉社、09年新潮文庫)を刊行。綿密な取材に基づき、一世を風靡した銀座マダムの生涯を浮き彫りにした同書は高い評価を受け、新潮ドキュメント賞、講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞の最終候補作となった。16年、『原節子の真実』(新潮社、19年新潮文庫)で第15回新潮ドキュメント賞を受賞。19年、「小池百合子『虚飾の履歴書』」(「文藝春秋」2018年7月号)で第25回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞。著書に『日本の血脈』(文春文庫)、『満映とわたし』(岸富美子との共著・文藝春秋)などがある。

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