本の主役は実は乙さんではない

ここで『五体不満足』を思い返してみると、実はものすごく努力をしていたのは、乙さんの周りにいた人たちだということに気づきます。『五体不満足』って実は、乙さんが主役に見えてそうではない。彼の周りにいて「オトちゃんルール」を作った人たちであり、そうした新ルールを喜んで受け入れた人たちこそが、この本の主役なんです。次々と自発的にできあがる新ルールは数えればキリがありません。

(野球・サッカー・ドッジボールなどに)ボクも参加できるような、「特別ルール」があればよいのだ。それは、「オトちゃんルール」と呼ばれた。クラスの友達が考え出してくれたのだ。
100mを走り切るのに、ボクは2分以上かかってしまう。普通なら、遅い子でも20秒程度だ。そこで、先生が「じゃあ、ヒロだけ途中からのスタートにしようか。半分の50mでどうだ」との提案。
「今年のゲームは、○×ゲームをすることにしました。○だと思う人は首を縦に振り、×だと思う人は首を横に振ります。(中略)先生。今年は乙武くんがいるでしょ。乙武くんは、こうしないと参加できないでしょ」
あたりまえのことのように言う子どもに、先生方は顔を見合わせ、しばし返す言葉がなかったという。

これらはほんの一部の抜粋でしかありません。乙さんの周りにいた人たちはみんな、工夫をこらして、彼と生きている。年齢が若いからというのもあるかもしれないけど、すごく柔軟にルールを変えていきますよね。大人もこれぐらいカジュアルに変わっていけばいいんだと思います。

魅力的なのは、周囲にルールを変えさせる力

それにしても、乙さんに対する周囲の人たちの「神対応」、ちょっとやり過ぎなんじゃないかと思うくらいです。小学校や中学校で足が速いやつなんて、そこが人生のピークなんだから、ちゃんと目立たせてやって欲しいですよね(笑)。

こうして、この本の主役は「彼の周りの人たちだった」と気づいて読み返してみると、乙さんの個性というのはますます、手足がないことというよりも、周りにルールをどんどん変えさせる「我の強さ」なんだと感じますよね。僕たちはいつも、肩書きや見た目など表層的な特徴でレッテルを貼りがちですが、それに惑わされすぎない方が、居心地のいい付き合い方ができると思います。僕はそんな我の強い乙さんが面白くて大好きです。

いずれにしても、社会の中で自分よりも不便な思いをしている人、不利益をこうむっている人がいたら、乙さんの周りの人たちのチャレンジ精神を思い出してみてください。当事者の勇気やアクションはもちろん大事。でも、周りの人の優しさやアクションの方が、もっと説得力を持つときもあるんです。