1つの課題で100回を超える実験と検証を繰り返すインクの開発現場で活躍し、今は30人以上の部下を束ねる。金谷さんが後輩たちに繰り返し伝えていることとは――。
金谷美春●1968年、長野県生まれ。90年、信州大学理学部を卒業後、入社。主にインクジェットプリンター用インク開発と商品化に携わる。97年に主任昇格。2002年に主事昇格。17年より現職。

セイコーエプソン部長「かつて昇進の打診を断った理由」

セイコーエプソン広丘事業所(長野県塩尻市)に勤務する金谷美春さんは、上司から課長昇進の打診を受けた際、しばらく悩んだ末に断った経験がある。

「せっかくのお話ですが、今はまだ考えられません……」

入社12年目、今から15年ほど前のことだ。当時、インクジェットプリンター用のインク開発を担当していた彼女は、エンジニアとして研究を続けることに未練を感じていた。管理職になるよりも、1人の研究者として現場にいたい――。だが、昇進の打診を断るのは男女を問わず異例のことで、上司は少し面食らったようだった。

「あの頃はまだ、仕事に対する視野が狭かったのかもしれません。技術職で入った自分にマネジメントが務まるのだろうか、という不安もありました」

そのときの気持ちが甦るのだろう、そう語るとき、彼女はいかにも懐かしそうな表情を浮かべる。

「事業を俯瞰(ふかん)して見られるようになった今なら、昇進して次のステップに進むことで初めて見えてくる仕事の面白さもあるとわかります。でも、そのときはどうしても、そうは思えなくて……」

長野県安曇野市に生まれた彼女は信州大学を卒業後、地元に本社を置く同社に就職した。

業務用・家庭用双方のカラープリンターが、ちょうど世の中に普及し始める頃。配属されたインク開発の部署では30代半ばの女性がリーダーを務めており、新しい製品を世に出そうという部署の雰囲気は、いつも活気にあふれていた。