米国本社からの方針の翻訳を、4カ月もんで完成

「すごく観念的な会社かもしれませんね」と人事の荻野さんは言う。

(左)人事本部 組織人材開発部 組織開発チーム チームマネージャー 下青木聖子さん、(右)人事・管理統括オフィサー 荻野博夫さん

スターバックスのパートナーにとって、最初に染み込んだミッション&バリューズは、あらゆる場面で、すべてにおいて優先される。「たとえば経営会議で経費のかかる提案がされても、当社の場合、よりどころである理念と合致していれば、誰も反対しない。実行することを前提に、『じゃあ、その算段はどうつける?』という話になる(笑)。反対に、お金がかからなくても理念と異なる提案であれば突き返されます」

ミッション&バリューズは、会社を取りまく環境が大きく変わるタイミングで、その文言を少しずつ変えてきた。「日本では想定していたほど大きく影響はありませんでしたが、08年のリーマンショックを経て、米国でのビジネスが厳しくなったときに1度変わり、その後、14年にもう1度進化しています。米国本社が中心になり見直されるのですが、日本語訳に落とし込む作業が侃侃諤諤(かんかんがくがく)、大変なんですよ(笑)」

単純に翻訳するのではなく、「原文が言おうとしていることは何だろう?」という意味のすり合わせから始まり、それに日本語を乗せるとしたらどんな言葉にすれば伝わるのか、広報やマーケティング、人事や営業、各部署からプロジェクトメンバーとして10人ぐらいが集まって、3、4カ月かけて話し合った。さらに、全国のストアマネージャー1000人以上が集まる年1回の会議で、メンバー一人一人が言葉に託した思いをプレゼンした。「翻訳にかかわったメンバーたちが自分の言葉で話していくと、ストアマネージャーたちの心にもスッと入り込む。それがパートナー全体に伝わっていくのです」

たとえば、“Being Present”という文言を、日本では「その瞬間を大切にします」と訳している。「私たちはともすると、これまでのやり方を踏襲しがち。目の前の問題に向かい合っているようで、実は向かい合っていない。雑念を取り払って、今、目の前の課題に集中しようということを、随分話し合って盛り込んだ記憶がありますね」

まわりの環境が変われば、伝えるべきメッセージも変わる。パートナーの育成プログラムや評価の仕組みも、「今、解決すべき問題点は何か」を考えてアップデートしていく。14年に行った契約社員のほぼすべてを正社員化した取り組みも、「パートナーのライフステージの変化に、会社はどう対応していけるのか」を考えスターバックスとしての雇用のあり方を見直した結果だった。

この18年4月からは、正社員に支給してきた、保育園の費用を補助する手当をアルバイトまで対象とした。制度は画期的だが、経費は跳ね上がる。「予算のシミュレーションはしていますが、ミッションに照らし合わせて説明すると、経営メンバーの誰も何も言わなかった(笑)。当社では、お客さまの要望に合わせたドリンクのカスタマイズをパーソナライゼーションと言っていますが、パートナーに対する施策も発想はこれと同じなんです。3万6000人いたら、3万6000通りの人生がある。パートナーも一人一人が違う。働き方がより柔軟になることで、スターバックスで働くことが生活の豊かさにつながると感じてもらえるのだと思います」

撮影=市来朋久