社員が学べば、会社もよくなる

入社9年になる坂元子さんも出産を乗り越えて職場に戻ってきた。今は3歳の子どもを時々、事務所に連れてくる。坂さんは名古屋の百貨店で10年間勤務した後、夫の東京転勤を機に退職した。2年後、名古屋に戻り、矢場とんの一般事務職の契約社員に応募した。

(左)代表取締役 鈴木拓将さん、(右)栄LACHICサブチーフ 近藤幸介さん

「妊娠したとき、女将さんや常務に1年くらいで復帰したいと申し出ると、『ぜひ、ぜひ』と言ってもらえました。両立に不安はありましたが、強く背中を押されました」

出産前の9時から17時の勤務を、保育園のお迎えを考慮し、8時半から16時半に変更してもらった。今、坂さんは単なる事務仕事だけでなく、矢場とんのキャラクター「ぶーちゃん」をあしらったTシャツなどのデザインや色をデザイナーと一緒に考える仕事にも携わる。5年前の通販事業の立ち上げにも関わった。お中元やお歳暮用のセットの内容を決め、箱やのしのデザインを検討する。

「2017年のお中元商品としてひれもロースも食べられるセットを企画して百貨店に提案し、ちょっとしたヒット商品になりました」

GWやお盆など、店の繁忙期になるとレストランに出て手伝うことも。

「お客様が気軽に声をかけてくれ、百貨店に比べたらお客様との距離が近い気がします。このぶーちゃんグッズは私たちのチームでつくったんですよとお話しすることも」

お客とスタッフの距離もスタッフ同士の距離も近い。それが家族的な社風をつくり出しているのだろう。

サブチーフの近藤幸介さんは小学生の頃から矢場とんに通い、途中からは店のスタッフとそれこそ家族のような関係を築いてきた。

「小学4年生でした。矢場とんで初めてひれかつ丼を食べて、こんなにうまいものが、と衝撃でした(笑)」

それ以降、矢場とんは週2回、3回と姉や兄、弟と一緒に訪れるメインレストランになった。先に矢場とんに就職したのは姉だった。姉が結婚で退社するとき「私の代わりに、ここで働きなさい」と言われた。近藤さんは当時20歳。高校を卒業しアルバイトをしながら競艇選手をめざしていた。

「人と接するのも好きだったのでキッチンもホールも両方経験したいと思っていました」とやる気はあったが、入社4年目、競艇選手への夢が捨てきれず、1度退社する。社長や常務に相談すると「納得できるまでやってみなさい。ダメだったらいつでも戻っておいで」と温かい言葉をかけられた。

社員として復帰したのは16年。しかし矢場とんから離れていた3年間も縁は切れなかった。お客への感謝も込めて毎年開催する「矢場とん祭り」の手伝いのため顔を出すなど、アルバイト的に矢場とんに関わっていた。

近藤さんは矢場とんに戻ってから1年に満たない17年4月にサブチーフへと昇格。その肩書に仕事への気持ちがぐっと高まった。