こんなシーンで聴きたいのは、プッチーニ作曲のオペラ『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」である。フィギュアスケートの荒川静香さんが使ったことで有名になった、テノールのアリアだ。夜がまだ明ける前で高速道路に入ったら、ぜひこの曲をかけてもらいたい。

この曲を選ぶ理由は、「誰も寝てはならぬ」という居眠り運転防止にぴったりの曲名だから……だけではない。最後に「勝利! 勝利!(ヴィンチェロ! ヴィンチェロ!)」と高らかに歌い上げるのがいい。平日の仕事に打ち勝ち、今日までの経営のプレッシャーに勝ち、そして休日を一人だけで楽しむための家族間ネゴシエーションを経て、やっとこの日を勝ち取ったのだ。そんな休日の始まりにこれほどふさわしい歌はない。

さらに言うなれば、今日のゴルフでも勝ちたいし、いい波に乗りたいし、大漁で終わりたいのである。だんだんと明るくなる空に向かって、高速道路で車を走らせているこんな時「勝った!」と高らかにテノールで歌い上げてもらったら、さらに休日への期待感も膨らむというもの。最高だ。なんなら一緒に歌ってもいい。ヴィンチェロ! さあ始めよう、この素晴らしい休日を。

長時間ドライブには、モーツァルトのオペラが合う

さて、高らかに勝った勝ったと景気づけたら、ここから先のドライブは少し落ち着いて運転したい。ここで間違ってムソルグスキーの「禿山の一夜」などをかけてしまったら、雰囲気はおどろおどろしいし、楽曲タイトルが気になってバックミラーで自分の生え際を確認したくなってしまう。事故の元である。そもそもムソルグスキー本人がアルコール依存症だ。運転中に最もふさわしくない曲を聴いてしまうようなことは避けたい。

はじめにアリアを聴いたので、ここはそのまま続けてオペラを聴こう。オススメは何と言ってもモーツァルトの『フィガロの結婚』である。中でも特に「序曲」「恋とはどんなものかしら」がこのドライブにふさわしい。

『フィガロの結婚』は喜劇で、すがすがしさや朗らかさ、軽やかさを味わえる。登場人物は誰も死なないし、泣き倒して引き回されることもない。恋とはどんなものかとウキウキし、蝶々がどうのこうのと、とにかく明るい楽曲が続く。モーツァルトの軽やかで華やかな楽曲が続いて飽きさせないし、さらに素晴らしいことには、運転中に考え事をしている時にも、音楽が邪魔をすることがない。聞き流せるという意味でも、押し付けがましさのないモーツァルトは最適である。

またドライブにこのオペラを選ぶ利点がもう一つ。一幕から全部通すと3時間を超えるので、何度も次のアルバムを考えることなく、取りあえず流しっぱなしにしておけば良いというのもいい。

歌が入っているので一人のドライブでも寂しさを感じさせないし、同乗者がいる場合は、有名な楽曲が多いので会話のきっかけになるという効能も。「この曲、知ってる。“のだめ”で見た」とか「この曲もモーツァルトだったのね」などと、再発見の楽しい時間になること請け合い。そしてふと気がつけば、そこはもう海である。