わかりやすさよりもざらつきを残す

「いま」という時代は、私たちを取り巻く情報のあり方が、昔と比べて一変しています。SNSに情報が洪水のように流れ、個々人は立ち止まって考える余裕がなかなか取れない。気が付けば、自分と同じサークル、似た考えを持つ人々から発せられる情報に取り囲まれ、全く違う考え方に触れることが難しい環境に多くの人が追いやられています。

そのように人々が情報によって分断される中で、2016年のブレグジット(Brexit)やトランプ米大統領の当選といった政治の大きな流れも生まれていったように感じられます。だからこそ、私たちには幅広い情報を得ながら社会と向き合う姿勢、全体を俯瞰した情報を常に得ようとするリテラシーが、より強く求められているのではないでしょうか。

答えや知識がなくてもいい。何かおかしいと感じたとき、ふに落ちない気持ちを抱いたとき、議論の場で適切な問いを発する感性。それが「いま」という時代の教養なのではないか、とさえ私は感じています。

23年間の「クローズアップ現代」のキャスターを終えたとき、視聴者の方からいただいた感想に、「ざらついたものを残してくれたことが良かった」というものがありました。

私はこの感想がとてもうれしかったんです。「クローズアップ現代」は課題を課題のままに見せることを通して、みんなが議論するプラットフォームを作ろうとする番組だったからです。

テレビ番組の作り手は明快であることを善しとして、物事をわかりやすく見せようとしがちです。しかし一方で、私は「わからないものを、わからないままに提示すること」「難しさを難しさのままに見せること」が、番組を作るうえで非常に大切だと考えてきました。すっきりとしないものが胸に残るからこそ、もっとこの問題について考えてみよう、と人は思うようになるはずだからです。

立ち止まって考える時間が与えられると、私たちは物事にゆっくりと向き合い、そのことが「問い」を生じさせます。そうして生じた「問い」について、自分なりに考えてみようとするとき、人はすでに学ぶことの入り口に立っているのです。

国谷裕子
東京藝術大学 理事。大阪府生まれ。1979年、米国ブラウン大学卒業。81年、NHK総合「7時のニュース」英語放送の翻訳・アナウンスを担当。87年よりキャスターとして活躍し、93~2016年まで、NHK総合「クローズアップ現代」のキャスター。98年放送ウーマン賞'97、02年菊池寛賞、11年日本記者クラブ賞、16年ギャラクシー賞特別賞を受賞。著書に『キャスターという仕事』。

構成=稲泉 連 撮影=長友善行