公表され酷評された「謝罪文」にあったように、もはや奥様も「私にも責任の一端」と書くほどの理解(あるいは割り切り)があり、介助兼秘書の方が"不倫"現場に第三者として同伴されていることもあったということで、もしやそれ(家庭外の関係)は関係者間で同意され、暗黙のうちに継続されてきた平和な解決・解消法だったのではなかったかと、見当違いも甚だしいかもしれないが、そんな憶測をしてしまうほどだ。

乙武洋匡という聡明な一人の人間にとって、その身体的な条件からやむを得ない“生理的な弱点”はずっと、彼自身と彼の人生を規定する大きく深刻な問題だったのではないか、そういうビルトインされた本質的な衝動を抱えて、彼はこれまでも生きてきたのではないか、そう思えるのだ。

父・乙武洋匡としての発言は本物だったはずだ

見当違いついでにさらに妄言を重ねさせていただくなら、しかしそういう葛藤や解決方法は、同じ状況や身体的条件を持つわけではない“健常者”たちにとっては"非常識"だとしか受け取られない。つまり障がい者のリアルで具体的な日常への想像力には欠けるが"倫理"は振りかざす一般社会には、まず理解されず、通用するわけもないと思われる。だから関係者間で申し合わせ、「不倫発覚→妻に懺悔→許し→夫婦で共に“謝罪”」という一般の“健常者”(何が健常で何が障がいだか、私個人としてはいまやそんな線引き自体に意味を感じないけれども)が理解しやすいストーリーにして、「子どもができて妻が母になったのが不倫の理由」「妻の私にも責任の一端」と、薄っぺらく白々しいまでに「妻が子育てに忙しくなり、夫の欲求に応えなかった」せいにしたのではないか、と私なりに考えた。

そうとでも仮定しなければ、理解できないのだ。「妻が母になってしまったから」。3人もの可愛い子どもをもうけて、一方の自分は父にならなかったなんてことがあろうはずがない。なぜなら、彼は多様性や社会の表面的でなく本質的な善悪の観念、そして人間のこころの機微に対してすばらしいバランス感覚を持った発言と著作活動をしてきたひとだから。子育ての当事者として、父としての発言が、それまでの教育者としての発言に深みを与え、多くのフォロワーの心を動かしてきた。「妻が母になってしまった」「責任の一端」との“謝罪”の言葉だけが、何だかものすごく異様な破綻を見せているのだ。

だからむしろ「いやー、もうオレ、性欲強すぎて、女ダイスキで大変っす。みんなオレのこと障がい者だと侮ってるけど、健常者さえも持ってないものを何でも持ってる勝ち組なんですよ? 町なかでチョー目立つのはもう仕方ないんで、開き直って遊びまくってました。二股も五股も十股も、こうなったらもう一緒でしょ? でも怒られちゃったからな~。世間にはさっさと謝って、あとは人の噂も七十五日でやり過ごして、早く念願の政治家になりたいですよ……」なんて、ネットで叩かれているような分かりやすくゲスい人間像でいてくれたほうが、よほどこちらの心が痛まない。

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件の週刊新潮が発売された3月24日、乙武氏は妻と2人で謝罪文を出した(クリックすると2人の謝罪文をすべて表示)。