3回の破門を経て……

べ瓶さんは3度破門になっている。

しかしこの「破門」という言葉は、言葉の強さから想像する「二度と戻れない」というものではないらしい。

「一門には弟子が13人いるんですが、師匠とそれぞれの弟子の関係というのは1対1やと思うんです。怒られない弟子もいれば、僕のように死ぬほど怒られる弟子もいる。毎日のように怒られてました。ある時、兄弟子に『おれがお前やったら、とっくにやめてるわ。』と言われたぐらいです。もはや何で怒られていたのか思い出せないくらいに怒られてました」

そんなある日の事だった。

「師匠を乗せて車の運転をしていたら、急に『おれがこんだけ怒ったらな、たいがいの奴は4、5日は引きずって暗い顔しよる。けどお前は次の日には普通にあいさつしてきよる。せやからお前は怒りやすい』と言われたんです。思わず『有難うございます!』と言ったら『褒めてへん!!』と怒られました(笑)」

師匠から幾度となく『辞めてまえ!』と言われても『すいませんでした!』と謝って付いていくのが、弟子になった者の定めだ。しかし、べ瓶さんは一度だけ師匠である鶴瓶さんに言い返してしまった事がある。

「あの時は、なんかもう自暴自棄でした。本当にこの仕事が自分に向いているのかどうか自信を失ってて、何事にも気が入らないからおのずとしくじりも増えて、その度に師匠からは怒られて。ある時『お前、もう辞め』と言われた時に、思わず『もう辞めますわ』と言ってしまったんです」

3度の破門の中で、自分から辞めたのは初めてだった。

「その時の師匠の怒り方は、尋常ではなかったです。その瞬間は気持ちが完全に切れているので、正直『ざまあみろ』ぐらいに思っていました。けど、日が経って冷静になるにつれ、何て事を言ってしまったんだ、してしまったんだ……と涙が止まらなくなりました」

自分から頭を下げて入門させてもらったのに、その師匠を何度も怒らせ、困らせ、挙げ句の果てには自分から去っていく。

「離れてから気付いたんです。怒られるのは確かに嫌やし、しんどいけど、怒るのはもっと嫌やし、もっとしんどいんや、と。子供の頃からよく、親や先生、近所の大人に怒られるような子供でしたけど、師匠と師匠の奥さん以上に、自分が大人になってからもこんなに怒ってくれる人は生涯いないやろな、と」

時間があればあるほど、弟子に戻りたくなった。テレビをつけたら、師匠が映っていた。とにかく忙しくしようと思った。

「思えば19歳からろくに仕事もせずに噺家の世界に入ったので、一度しっかりこの世界から離れて、ちゃんと仕事をせなあかんと思いました。昔から大型車が好きだったので、バスの運転手の免許(大型二種免許)をとりました。朝3時から12時まで築地の魚河岸で働いて、13~18時はペットショップで働いて、19~21時まで、東京案内のロンドンバスの運転手をしてました。忙しさに追われることで、噺家への未練から逃げていたんやと思います」