あんたのことはもう、死んだことにするわ
家出して大学の友達の家に居候しながら、鶴瓶さんの出演する落語会を調べ、楽屋口で出待ちして弟子入りを志願する。後日、鶴瓶さんから直接携帯に電話があり、喫茶店で1時間ほど話をした。
「話が終わった最後、師匠に『弟子にしたる。そやから、次会うときに親を連れて来なさい』と言われました。何カ月かぶりに家に帰って報告したんですけど、父親は断固として反対で、結局母親だけが行ってくれました。最後は『あんたのことはもう、死んだことにするわ』と言って付いてきてくれました。それで入門することができたんです」
噺家というのは、いつ身を立てられるか、将来の分からない仕事だ。稼げるようになっても、またダメになることもあるかもしれない。そんな浮き沈みのある世界に飛び込んでいこうとする息子のことを、親はどんな気持ちで見送ったのだろうか。
修行中の弟子の仕事は、掃除や荷物運び、車の運転など、師匠と奥様の身の周りのこと全般。しかも給料はゼロ。内弟子をとる噺家もいるが、鶴瓶一門は通いである。他の一門はその合間に落語の稽古をつけてもらう。ところが、鶴瓶さんは落語の稽古はしてくれなかった。
「うちの(鶴瓶)師匠も、師匠である6代目松鶴師匠に落語の稽古はつけてもらっていなかった。だから僕もあまり期待はしていませんでした(笑)。初めは落語をやりたいというよりも、師匠のようにメディアで活躍したいという思いが強かったんです」
落語への思いはまだ、彼の中では漠然としたものだったようだ。
弟子から師匠へ、永遠の片思い
無報酬で師匠を見て学ぶのみ。そんな師弟関係を、べ瓶さんはこんな風に説明する。
「師匠と弟子というのは、弟子からの永遠の片想いのような感じだと思います。ですが、いざ入門すると、両想いと勘違いしてしまう事が多々ある。けど、そうじゃない。本当のお父さんのように思って甘えてしまうと、間違いなくしっぺ返しが来ます、僕の場合は(笑)。師弟関係というのは、上司と部下よりは深いけど親子よりは浅い関係だと思うんです。いろんな時期がありましたけど、30歳を超えてから、それが心から心地良いと思えるようになりました」