まだまだイノベーションは起こせる

その工程を現場で支えているオペレーターさんたちの姿にも惹かれました。

酸素のカット(量)や吹き方は、基本的には私たちのようなエンジニアが、机上の計算で導き出すものです。ただ、鉄というのは日々の天候や気温、機械のご機嫌によって、常に変化しています。とりわけ合金などは外に置いてあるものも多いので、濡れているとガスの発生が増えてしまいます。

現場ではオペレーターさんたちがそうした微妙な変化を見て、これまでの経験によって手計算で酸素量を微調整する。その技がまさに職人技なんです。

製鋼工場の現場と言えば、昔は塩を舐めながらの過酷な仕事だったそうです。いまでは自動化が進んで、オペレーターさんの数そのものは少なくなりました。でも、それだけに現場で活かされる職人技には、鉄鋼の世界に奥深さを感じさせてくれる凄みがある。そんなふうに思います。

そうした現場を見ることで、私は自分の中にあった「鉄鋼業界」のイメージがずいぶんと変化したものです。昔からある業界ですから、技術にもある程度の決まりきったものがあって、大きな発展やイノベーションも少ない業界なのかな、とそれまでは思っていました。ところが、実際には品質と生産性とコストと安全性を両立させるために、まだまだ課題どころか未解決の問題がたくさんある。イノベーションもまだまだ起こせるし、成長できる業界であることを知ったんですね。

中村春香
1987年生まれ。2012年、早稲田大学大学院基幹理工学部修了後、JFEスチール入社。東日本製鉄所(千葉地区)製鋼部へ配属。第3製鋼工場の転炉精錬を担当、配属後は、転炉精錬・2次精錬を担当。趣味は旅行。最近は、ダイビングで海の中の世界を楽しむことにはまっている。また、仕事のおかげで日曜大工がうまくなり、部屋の家具は自分で作る(愛用品はドリル)。

構成=稲泉 連 撮影=村山嘉昭