巨大なものを細かく制御

私が所属するJFEの製鋼部第3製鋼工場は、千葉県の京葉工業地帯に広がる東日本製鉄所内にあります。

東日本製鉄所千葉地区は広さにして765万平米(東京ドーム164個分)、所内では三交代制で1万人近くの人たちが働き、鉄鉱石や溶銑(溶けた鉄)を運ぶ鉄道も敷かれています。どの建物も巨大で敷地は広大ですが、鉄鋼業界の中ではそれでも中規模の工場。見学すると、この業界の重厚長大さが想像できると思います。

JFEスチール 東日本製鉄所 中村春香さん

製鋼部第3製鋼工場のエンジニアである私は、その中で「転炉」と呼ばれる工程を担当しています。

転炉とは高炉で溶かした鉄鉱石に酸素を吹き加え、不純物を除去する施設です。鋼というのは不純物が残っていると、硬くて脆い板チョコのようになってしまいます。そのため加工性が高く、かつ強度の高い鋼を作るためには、酸素を吹いて不純物を取り除き、さらに合金を追加して成分調整と温度調整をしていく必要があります。そのようにしなやかな鋼を作ることが、いまも昔も製鋼の基本となるわけです。

私が初めてこの工場の設備をじっくりと見たのは、大学院生時代にインターンで来たときのことでした。鉄鋼業界を希望したのは、そこで見たダイナミックさに感動したからなんです。

その頃、私は理工学部でアルミ合金の研究をしていました。特に初めて転炉の施設を見学したそのときの気持ちは、いまも自分の原点ですね。

転炉の工程では「お湯」と私たちが呼ぶ溶けた鉄を巨大な鍋に入れ、酸素を吹き込む炉の中へ注ぎ込みます。製鋼工場の鍋には350トンのお湯が入り、それが炉へと注ぎ込まれると、ものすごい火花が飛び散って周囲が煌々と明るくなるくらいです。

でも、あらゆる工程が巨大でド派手であるにもかかわらず、炉の中では0.0001パーセントという単位まで成分を調整し、温度も1℃単位で制御されているんです。飛び散る溶銑の質量も全て計算して、酸素量や合金の量を適正化するプログラムの凄さ。あれほど大量でダイナミックなものを、どうやってそこまで細かく制御しているのだろう、とその技術の中身を知りたくなりました。

まだまだイノベーションは起こせる

その工程を現場で支えているオペレーターさんたちの姿にも惹かれました。

酸素のカット(量)や吹き方は、基本的には私たちのようなエンジニアが、机上の計算で導き出すものです。ただ、鉄というのは日々の天候や気温、機械のご機嫌によって、常に変化しています。とりわけ合金などは外に置いてあるものも多いので、濡れているとガスの発生が増えてしまいます。

現場ではオペレーターさんたちがそうした微妙な変化を見て、これまでの経験によって手計算で酸素量を微調整する。その技がまさに職人技なんです。

製鋼工場の現場と言えば、昔は塩を舐めながらの過酷な仕事だったそうです。いまでは自動化が進んで、オペレーターさんの数そのものは少なくなりました。でも、それだけに現場で活かされる職人技には、鉄鋼の世界に奥深さを感じさせてくれる凄みがある。そんなふうに思います。

そうした現場を見ることで、私は自分の中にあった「鉄鋼業界」のイメージがずいぶんと変化したものです。昔からある業界ですから、技術にもある程度の決まりきったものがあって、大きな発展やイノベーションも少ない業界なのかな、とそれまでは思っていました。ところが、実際には品質と生産性とコストと安全性を両立させるために、まだまだ課題どころか未解決の問題がたくさんある。イノベーションもまだまだ起こせるし、成長できる業界であることを知ったんですね。

中村春香
1987年生まれ。2012年、早稲田大学大学院基幹理工学部修了後、JFEスチール入社。東日本製鉄所(千葉地区)製鋼部へ配属。第3製鋼工場の転炉精錬を担当、配属後は、転炉精錬・2次精錬を担当。趣味は旅行。最近は、ダイビングで海の中の世界を楽しむことにはまっている。また、仕事のおかげで日曜大工がうまくなり、部屋の家具は自分で作る(愛用品はドリル)。