オリンピックを前に私は完全に自信を失い、抜け殻のようになって実家に帰りました。
「これまであなたに負けた人たちも、同じように悔しい思いをしてきたのよ」
そんな私に立ち直りのきっかけを与えてくれたのが、母のこの言葉です。
そうだ。負ければ誰だって悔しいに決まっている。二度とそういう思いをしたくなければ、もっともっと強くなればいい。
暗闇にようやく一筋の光明が見えた気がしました。
さらに、自宅に併設されている道場で、父が子どもたちにレスリングを教えているのを毎日見学しているうちに、レスリングを始めたばかりのころの新鮮な気持ちがよみがえってきました。父は何も言いませんでしたが、子どもたちの練習を見せることで、私にレスリングの原点を思い出させてくれたのです。
ようやく立ち直った私はまず、この悔しさを忘れないために、私の敗戦を報じる新聞記事の切り抜きと、屈辱の銅メダルを部屋に飾りました。そして、毎日それを見ながらオリンピックまでの間、栄和人監督と一緒に、二度と相手の「タックル返し」の餌食にならないよう、自分のタックルをいったん分解し、隅々まで検証してさらに完成度の高いものにつくり直すという練習を徹底的に行いました。
その結果、北京オリンピックでは金メダルを獲得することができたのです。
もし、ワールドカップでバンデュセン選手に敗北を喫していなかったら、私はオリンピックで「タックル返し」を食らって、金メダルを逃していたかもしれません。あの挫折があって、タックルの完成度を高めたらこそ、さらに強くなることができたのです。
※このインタビューは『迷わない力』(吉田沙保里著)の内容に加筆修正を加えたものです。
取材構成=山口雅之 写真=公文健太郎