2018年当時、ICCは知られていなかった

当時、日本国内でのICCに対する関心はかなり低かったと思います。メディア関係者からは、「アフリカのことばかりやっているところでしょう?」と言われることが多かった。設立からしばらくの間、アフリカでの事件を扱うことが多かったからです。

当選したあと、私のところへ取材に来てくれたのは産経新聞の記者ただ1人だけでした。その方は「赤根さんの記憶に残る、記念になるような記事を書きます」と言ってくれて、嬉しかった。記事は額に入れて日本の自宅に飾ってあります。先行きについては心配だらけでしたが、このように応援してくださる方もいることだし、まずは頑張ってみようと思いました。

インタビューに答える赤根智子さん
写真提供=文藝春秋
2025年、インタビューに答える赤根智子さん、東京都千代田区の文藝春秋社

慣れない環境でゼロからのスタート

2018年3月、オランダのハーグに赴いた私は、ICCの予審第二部という部署に配属されます。

予審は日本にはない制度なので、戸惑う読者の方もいるかもしれません。予審は、日本で言うところの「起訴まで」を扱います。まず、検察官から「○○の事件を捜査したい」と許可を求められたときは、その可否を判断する。逮捕状の請求があった際には、実際に発付するかどうかを判断する。被疑者が逮捕されるなどして裁判所に出頭すれば、公判にかけるか否かを判断することになります。予審が「○○の事件は△△を被告人として公判を行うべきだ」と結論を出すと、これが日本の起訴に相当するものになるわけです。そのあとの公判は、第一審部の裁判官が担当します(ICCの裁判は、第一審、上訴審の二審制)。

私自身、予審というものに馴染みがなかったので、最初はどのように仕事を進めればいいのかわからなかった。まずは事務方の職員から読むようにと手渡された資料に目を通すことからスタートしました。

フランス語は通訳してもらうしかなかった

仕事の進め方も、他人との関わり方も日本とは全然違うし、言葉はうまく通じないし、毎日ヘトヘトでした。「日々奮闘」なんてかっこいい言葉で形容できる状態ではなくて、やれることをやるだけというか、目の前の仕事を何とか片づけているだけ。英語で喋らなくてはいけない場面も当然出てきますが、下手だから喋りたくないし、「どうしよう?」と慌てるばかり。それでも、事件に関して疑問点や意見があれば言わなくてはならないので、文書にして伝えたりしていました。フランス語が使われる場面では、職員にお願いをして翻訳してもらうしかなくて、そんなところも歯痒かった。

周りからは「判事」と声をかけられて、いちいち尊敬の意を示されるのですが、それに余裕をもって応対する気力もなくて、家に辿り着くたびに、「ああ、今日も何とか終わった」とため息をつく日々でした。