「恋多き作家」といわれた宇野千代。「他者の領域に敬意を払うことが、健全な人間関係を築くコツである」など明確なモットーを示している。『人生は何歳からでも花開く 宇野千代の幸福語録』(世界文化社)より紹介する――。
東郷青児が描いた宇野千代の肖像(1931年)
東郷青児が描いた宇野千代の肖像(1931年)〔出典=『人生は何歳からでも花開く 宇野千代の幸福語録』(世界文化社)〕

未知の能力を発掘する知恵

宇野千代は“能力”を信じ続けた人でした。自分の才能はもちろんのこと、人はだれしも無限の能力を持っているのだと、著書の中でたびたび語り続けました。

そうしたポジティブな考え方のはじまりは、千代が女学校卒業後に最初の仕事とした小学校の代用教員の頃からといえるでしょう。

千代は成績がふるわない子どもたちのことも全力でほめ、それぞれのよい特性を引き出して伸ばすという教育を実践しました。このときの心持ちを述懐して後年言葉にしたのが、「今、あなたの上に現れている能力は氷山の一角。真の能力は、水中深く深く隠されている」という名言です。

おそらく千代はこのように読者に呼びかけながら、自分にも言い聞かせて、自身を鼓舞してきたのではないでしょうか。仕事の報酬が目的ではなく、働くこと自体が目的だったと記しています。

仕事を通じ、自分で自分をポジティブでクリエイティブな人間に「育て」続けたのでしょう。

才能は自分で作り上げるもの

結婚やビジネスの失敗、3度におよぶ大病。波乱万丈な人生の中にあっても、いつでも千代の生きる力となったのは仕事でした。

作家として、デザイナーとして、経営者として、自分の無限の可能性を信じ、常に新たな「物づくり」に挑み続けた千代。才能は生まれつきではなく、自分で育て、作り上げるもの。「あなたが今、三十歳であろうと、六十歳であろうと、八十歳であろうと」年齢は関係なく、すべての人、すべての年齢の人について言えることだと勇気づけます。

39歳で日本初のファッション誌『スタイル』を創刊し、最先端のトレンドと華やかな誌面づくりで大ヒット。52歳のとき、着物デザイナーとして活動を始めると、今度はその斬新なデザインが大反響。心を動かされたものを見過ごさず、的確にキャッチし、自らの手で新たな価値を生み出すことこそ、千代の真骨頂でした。

感動を行動に移し、夢中になって取り組むことが、新たな喜びと可能性をもたらすという信念が、千代の創作活動を貫いていました。

宇野千代の直筆原稿
宇野千代の直筆原稿〔出典=『人生は何歳からでも花開く 宇野千代の幸福語録』(世界文化社)〕