「どこで負けるか」を先に考える戦略
彼が最初に考えるのは、「どうすれば勝てるか」ではありません。「どこで負けるか」です。自分が理解できない事業には投資しない。説明できないリスクは引き受けない。仕組みが複雑なものには近づかない。
それは消極的な姿勢ではありません。負ける可能性の高い場所に立たないという、きわめて明確な戦略です。これを受け入れられない人ほど、投資の世界で消耗していきます。
そして次に来るのが、この章の最後の問いです。なぜ、市場は「善意」を嫌うのか。
努力と結果が比例しない世界では、善意すら、負ける理由になってしまう。その話を、次で続けましょう。
市場に「正しさ」は反映されない
あらかじめ確認しておくと、市場は倫理を否定しているわけではありません。ただし同時に、市場は倫理を評価する場でもない、というだけのことです。
私たちは、どうしても投資判断に善意を持ち込みます。社会の役に立つ企業を応援したい。正しいことをしている会社は、いずれ報われるべきだ。ひどいことをしている国や企業は、いつか罰せられるはずだ。善い行動は、長い目で見れば正しい結果につながる。
こうした感情は、人間としてごく自然なものです。むしろ、まったく抱かないほうが不自然でしょう。問題は、その善意を、投資判断と混同してしまうことにあります。
市場は、「正しさ」を測る装置ではありません。市場が反応するのは、需要と供給の変化であり、資金の流れであり、参加者の恐怖と欲望であり、現実の制約です。それ以外の要素は、残念ながら価格形成の中心にはなりません。
どれほど立派な理念を掲げている企業であっても、資金が流れなければ価格は動かない。逆に、不快に感じられる行動であっても、資金が集中すれば価格は上がる。ここに、人間の感情と市場の論理の、はっきりとした食い違いがあります。
善意は、多くの場合、判断を遅らせます。「いずれ評価されるはずだ」「こんな企業が負けるはずがない」「一時的な誤解にすぎない」。こうした言葉は、一見すると長期的な視点に見えます。しかし実際には、現実を直視することを先送りしているだけかもしれません。

