秋篠宮さまの拒絶感
秋篠宮殿下も、パラグアイご出発前の記者会見(8月13日)で「先般、天皇陛下が話されたことをもっともだと、そのとおりだと私は思っています」と、天皇陛下に全面的に賛同された。
秋篠宮殿下は麻生太郎内閣当時、養子案の制度化が水面下で画策されながら、上皇陛下(当時は天皇)のご意向で挫折に終わった後のお誕生日記者会見(平成21年[2009年]11月25日)で、少し意外なお答えをされていた。
「国費負担という点から見ますと、皇族の数が少ないというのは、私は決して悪いことではないというふうに思います」と。
ひそかに進められていた養子案の頓挫という背景を考慮すれば、秋篠宮殿下がそれに強い拒絶感を抱かれていたことは明らかだ。
「立皇嗣の礼」という印象操作
養子制度にともなう「新儀式」に対して国民が強く反発した背景に、よくないイメージがある「立皇嗣の礼」を連想したことも加わっているだろう。
「皇太子」は次の天皇に即位されることが確定したお立場だ。これに対して、傍系の皇嗣は“その時点”で皇位継承順位が第1位、という暫定的・相対的なお立場にすぎない。
したがって、過去に皇太子の「立太子の礼」はあっても、傍系の皇嗣の「立皇嗣の礼」なる無意味な儀式はなかった。むしろ行わないのが原則だった(美濃部達吉『憲法撮要』改訂第五版、昭和7年[1932年])。
にもかかわらず、菅義偉内閣であえて前代未聞のセレモニーを、当事者のお気持ちに関わりなく、“内閣の助言と承認”による国事行為として挙行した。これは、暫定的な皇嗣というお立場を改めて確認するだけの、実質上は意味を持たない行事だ。
しかし印象操作によって、後から始める皇室典範改正の議論に、今の欠陥ルールのもとでの変更可能な皇位継承順序について、ゆるがせ(忽せ)にしてはならない、という“心理的な枠”をはめようとする意図が透けて見えた。
宮内庁が検討している新儀式も、立皇嗣の礼と同じく心理的なトリックを目論んでいる、と受け取られた。それが人々の反発をより強めた。
