「ここまで来た。最後までやり切りたい」

もうひとつの目標が「100km世界記録の更新」だ。現在の世界記録は6時間05分35秒。岡山の自己ベストは2022年世界選手権で記録した6時間12分10秒。その差は6分35秒。岡山はこの小さくない差をどのように縮めていくつもりなのか。

「プロ転向によって期待できるのは、練習量を増やすことだけではありません。練習やレース後の“回復”に使える時間が増やせます」

暑い東京を離れて涼しい場所で合宿する。海外でトレーニングする。練習後のケア、食事、睡眠に時間をかける。これまで仕事の前後に押し込んでいた競技を、一日の中心に据えることができる。

「プロになって練習と回復に集中できるようになれば、まだ伸びる余地があると思っています。だからこそ、本気で世界記録を狙いたい」

リカバリーにより持前のポテンシャルをさらに上げれば、世界最高記録を抜くこともできる。岡山はそう算段している。

岡山春紀さん
写真=本人提供
岡山春紀さん

そして2028年にはIAU100km世界選手権もある。2022年に優勝し、2024年は3位だった。そこで再び「世界一」に返り咲くことも射程内に入れている。

「僕はすでに一度、世界一になることができました。(陸上部にさえ入れなかった)大学時代の自分から考えれば、それだけでも信じられないような競技人生です。でも、せっかくここまで来た。だったら、最後までやり切りたい」

31歳で自ら会社員という安定を手放した。岡山の選択は、単なる「夢への挑戦」ではない。経済的なリスクを引き受けたうえで、期限を決め、限られた競技人生を追求する。自分の夢や可能性に人生を懸ける。シビアな道ではあるが、これほど幸福で贅沢な生き方はないかもしれない。

酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター

1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)