年間1000万円をどう集めるのか
プロになれば、時間の自由は増える。その代わり、経済的な安定は失う。これまでは毎月の給与があり、海外の世界選手権では会社が遠征費を負担することもあった。今後はエントリー費、遠征費、合宿費などを自分で用意しなければならない。
岡山がひとつの目安としているのが、年間1000万円の活動資金だ。
「年間1000万円ほど確保できれば、かなり充実した競技活動ができるのではないかと考えています」
ただし、現時点で十分なスポンサーが集まっているわけではない。
「正直、不安はあります。それでも、まず動かなければ始まりません。スポンサーを探し、自分の活動を知ってもらう。結果を出す。そして応援してもらえる選手になりたいです」
会社員時代は、競技に集中すればよかった。これからは、自分自身の価値を説明し、企業に支援してもらい、競技資金を確保しなければならない。裸一貫となり、走りながら自分自身のブランド価値を高めていく。それが岡山の選んだ「プロ」の道だった。
妻と決めた「2028年まで」という期限
結婚している岡山にとって、安定した会社員生活を手放すことは自分だけの問題ではない。妻の侑子さんは、当初からプロ転向に賛成していたわけではなかった。
侑子さんはこう話す。
「夫が会社を辞め、プロに挑戦するということは、簡単に受け入れられることではありませんでした。ただ、10年共に過ごしてきた中で、彼の陸上への情熱は並々ならぬものだと感じています。陸上は、彼の人生の全て。たくさん話し合い、ぶつかることもありましたが、最終的には夫の挑戦を見守ることにしました。挑戦すると決めたからには、悔いのないよう頑張ってほしいと思っています」
2人は将来について話し合い、侑子さんは扶養内でパート勤務していたが、働く日数を増やし社会保険料を支払うようにした。そして、岡山は“期限”を決めて挑戦することにした。ひとつの区切りが、岡山が34歳になる2028年だ。夢を無期限に追い続けるのではない。期限を決め、そこから逆算して結果を取りにいく。そこにも岡山の潔さと家族への責任感の強さが表れている。
2028年までに岡山が達成したい大きな目標は2つある。ひとつは、最大の栄誉である「コムラッズマラソンでの日本人初優勝」だ。初挑戦だった今年の大会で5位。十分なコース対策をしていなかったことを考えれば、岡山には大きな手応えがあった。
「実際に走ったことで、『勝負できる』という感覚がありました。コムラッズに合わせた(アップダウンのあるコースに適応した)トレーニングを積めば、もっと上に行けるのではないかと思っています」
しかも次回(来年)は節目となる第100回大会だ。世界的にも注目の集まる記念の大会で勝つことができれば、内外から脚光を浴びるに違いない。ブランドを高めるまたとないチャンスなのだ。