失敗を糧にする力
この生活が、結果的に岡山特有の「考える力」を育てた。特徴的なのは、トレーニング計画を固定的に考えないことだ。
「予定していた練習ができなかったら、『今日はダメだった』で終わらせる必要はありません。翌日に少し負荷を上げる。2日間をセットで考える。自分の体の状態を見ながら調整できます」
予定通りにできなかった日を「失敗」と判断するのではなく、数日単位で全体を組み直す。会社員として限られた時間で競技を続けるには、完璧なスケジュールを守るより、状況に応じて修正する力のほうが重要だった。
さらに岡山は「レース」を「練習」として活用した。
「大学時代から、何週も続けてフルマラソンに出たことがあります。42.195kmを何度も走る。レースの緊張感のなかで走る。疲労がある状態でも次のレースを走る。そういう経験が100kmにつながると考えています」
自分の身体と結果を見ながら、自分なりの方法を組み立てる。それが岡山の強みだった。
世界大会を逃して残った「もしかしたら」
プロ転向への思いを強めたのは、2026年IAU100km世界選手権の日本代表を逃したことだ。
コムラッズマラソンから約2週間後に開催されたサロマ湖100kmウルトラマラソンの気象が好条件となり、いい記録が続出。それまで代表獲得圏内につけていた岡山が押し出される形となったのだ。
「コムラッズから2週間ほどしかなく、僕はサロマ湖に『出ない』という判断をしました。普通に考えれば、無理をしないほうがいい。でも終わってみると、『出ても良かったかな』という思いも残りました」
約86kmを走った2週間後に100kmを走る。身体へのダメージを考えれば、回避するのは合理的だった。それでも、岡山には後悔が残った。
「出てダメなら、まだ納得できたかもしれません。挑戦せずに終わったからこそ、『もしかしたら』という気持ちが残ったんです」
会社員である以上、海外レースに出場するには何日も仕事を休まなければならない。そのため、「会社に申し訳ない」と思う場面もあったという。だから岡山は、会社への不満からではなく、自分が本当にやりたい競技を優先するために環境を変えることにした。
「コモディイイダは陸上競技に非常に理解のある会社でした。職場のみなさんも応援してくれました。だから、不満があって辞めるわけではありません。むしろ感謝しています。それでも自分の陸上人生を考えたとき、『このままでいいのか』という気持ちが強くなりました」