森家は美濃攻め前からの家臣だった

森可成は美濃国羽栗郡蓮台れんだい村(岐阜県羽島郡笠松町田代)に住み、「初め齋藤氏に仕えるというが」、弘治元(1555)年頃にはすでに信長に仕えていたといわれている。

信長は、永禄4(1561)年以降の美濃攻めに旗本クラスを投入し、さらに永禄8(1565)年に丹羽長秀・木下藤吉郎らを主力として東美濃を攻略。森可成が具体的にどのような活躍をしたのかは不明であるが、美濃国可児郡、烏峯うほう城(烏峰城)を与えられ、兼山かねやま城(金山城、岐阜県可児市兼山町)と改称した。