お金のにおいが一切しない経営者だった

鈴木さんは、どんな質問に対しても当意即妙の回答をされた。例えば、こんな具合だ。

「なぜ対話は大切なのでしょうか」
「それは心が浄化されるからです」

それは禅僧との問答を思わせるところもあった。実際、鈴木さんは企業経営者でありながら、お金の匂いが一切せず、禅僧の墨衣や教授の着る白衣が似合う印象があり、それは本人の本質が「教育者」であったことを物語った。こんな質問もしたこともある。

「なぜ人は挑戦を避けるのでしょうか」

「日頃革新的なことを言っている人も自分の問題になると保守的になるからです。その一方、困難でも挑戦しようとする自分もいる。守ろうとする自分があることも認めつつ、挑戦しようと意欲を持ち続ける。それが人間本来の生き方ではないでしょうか」

鈴木さんも私も、こんなやりとりを繰り返し楽しんだものだった。

こうして、幾多の取材をしては書籍化を重ね、発売わずか1週間で8万部を突破した『鈴木敏文の「本当のようなウソを見抜く」』など、鈴木本は20数冊近くを数え、その都度、ベストセラーにランクされ、総発行部数は優に100万部を超えた。

「この人(勝見のこと)は私以上に私のことを知っている」

鈴木さんは私のことをそう言って紹介したこともある。

「顧客起点」と「未来起点」

前述の北京取材のときの話だ。多大な苦労の末、初出店にこぎ着けた日本人総経理からこんなエピソードを聞いた。北京1号店のオープンを翌週に控えた4月初め、合弁会社の記念式典のため、北京に来ていた鈴木さんが突然、開店準備中の店にやってきた。

商品が陳列された店内を1時間ほどかけてじっくり回った。案内をする総経理にいくつかの質問はするが、大半は黙って「ウーン」と首をひねっていた。けっして満足していないようだった。

翌朝、鈴木さんから総経理宛てに電話がかかってきた。

「お前、わかっているだろうな」(鈴木さん)

総経理はその一言ですべてを了解した。

「はい、わかっています。すぐやり直します」(総経理)

総経理はそれから4日間、連日徹夜で売場のレイアウトをすべて変えた。総経理は、北京初出店なのでどんな陳列がよいかわからず、日本の標準店に近いレイアウトにしていた。無意識のうちに、「売り手の都合」で考えてしまったのだった。

鈴木流経営の基本は、常に「顧客の立場で」考えるという「顧客起点」と、過去の延長線上ではなく、未来の可能性に目を向けて今やるべきことを考えるという「未来起点」の発想にある。

総経理は再度「顧客の立場で」考え、未来に目を向け、セブン‐イレブンを初めて見る北京の顧客にも、表から見て何を売っているかがわかるようなレイアウトに変えた。