ブラック企業にもしがみつくしかない
何とか正社員として就職した暁には、今度は辞めることなど簡単にはできない。どれだけ「ブラック」だとしても、しがみつくしかない。理不尽な要求、人格否定の罵声、終電間際までの残業地獄。そもそも残業代も支払われない。こんな環境でも「耐える」のが当たり前だった。
会社を辞めることは、あたかも反社会的行為のように罵倒されることも珍しくはなく、辞めた若者への社会の目線も厳しいものだった。筆者自身の体験でも、大学院に進学することについて「就職しない人間はおかしい」と周囲から見られ、だいぶ肩身の狭い思いをさせられた記憶がある。
いずれにせよ、多くの人にとって正社員になること、正社員であり続けること、なるべくなら大企業で名の通った会社の社員であることは、「損得」を超越した、いわば自我の防衛ラインだったのである。
しかし、今日ではどうだろうか。状況は一変しつつある。
「退職代行」の急激な広がり
最初に異変が生じたのは、「退職代行」の広がりだった。
退職代行は、2010年代の半ばごろから見られるようになってきた。退職代行とは、退職したい労働者が代行業者に退職手続きを依頼して、本人は会社とのやり取りを一切拒否できるようにするサービスである。これが広がったのには、確かな理由がある。というのも、「ブラック企業」と呼ばれる企業では、一度入るとなかなか辞めさせてもらえないからだ。
ブラック企業でなくても退職
民法では退職を申し出れば、2週間後には自動的に雇用契約は解消される。退職の申し出はメールやLINEなどによる通知でも構わないので、退職代行の必要性は少なくとも法的には存在しない。それでも、代行業者に対応してもらわなければ不安で仕方がないほどに、ブラック企業による威圧は深刻だったということだ。
だがしだいに、ブラックではない、一般にまともだと思われる企業でも次々に退職代行が使われるようになった。とくに、大きく変化してきたのは新型コロナウイルスの時期あたりからだろう。
やがて、企業側は退職代行業者からの突然の通告に怖れを抱くようになり、企業内のコミュニケーションにも影を落とすようになった。ここ数年は、毎年4月~5月には筆者がコメントや記事を寄稿している「Yahoo! ニュース」のトップ記事にも、退職代行の記事があふれる。企業からも社会からも強い関心を集める問題に発展しているのだ。