“意義ある裏方”として信頼と実績を積み上げる

【原】「そこから少しずつ、私はパリコレクションを追っていくことになるのですが、フランス現地のファッション誌の中に『企画・構成』担当を意味する『Réalisation(レアリザシオン)』というクレジットを目にすることになります。

そのクレジットを眺めるうち、素敵な誌面をつくる人の名前を覚えるようになりました。コレクションの際は、ショーの椅子に書いてある彼女たちの名前を確認しておいて、本人のリアルコーディネートをチェックするのもすごく楽しかった。私はおしゃれを楽しむ人を見るのが好きだし、スタイリストとして、そのエッセンスを伝えていきたいと強く思うようになりましたね」

それぞれの職業について語る川邉サチコさんと原由美子さん。
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
それぞれの職業について語る川邉サチコさんと原由美子さん。

【川邉】「原さんのファッション愛の原点はそこにあるのね。私は“クリスチャン・ディオール”のオートクチュールのショーからキャリアがスタートしているから、あの時代の熱狂的なムードはよく覚えています。当時のモデルはスターのようなオーラを放っていたから、ヘア、メイク、スタイリストの立場を超えて、一丸となって瞬間美をつくり上げていった。40分ほどのコレクションのなかで約100体もの洋服を見せるわけで、1日一緒にいるとファミリーのような感覚になったわ」

川邉サチコ『87歳。“私基準”で生きる』(プレジデント社)
川邉サチコ『87歳。“私基準”で生きる』(プレジデント社)

【原】「私たちは裏方ではあるけれど、“意義ある裏方”だと信じて、自分が提案したいものを魂込めてつくってきました。それらが積み重なって、気がついたら今のキャリアになっていた。振り返るとあまりに情熱を傾けてきたわけで、われながらよくやったなと思います」

【川邉】「私と原さんは、自らの職業を確立すべく、あの時代に熱意をもって仕事に取り組んできた。そこが一緒だから、理解し合えるのかもしれないですね」

ファッションを牽引した2人のトーク以上に、川邉サチコさんの初の自伝的作品『87歳。“私基準”で生きる』には、川邉さんの仕事の原点から、今を生きる女性たちへの熱いメッセージが満載。日本のファッション黎明期のクリエイターたちが仕事にかけた情熱が、より詳細に感じられる。

(構成・文=本庄真穂)