浅井は朝倉軍と合流し1万3000に
一方、浅井長政は越前の朝倉義景に援軍を請うた。義景は朝倉景健が率いる8000の兵を出陣させ、自身も追って出陣すると答えたという。6月26日、浅井長政も5000の兵を率い、朝倉軍と合わせて1万3000の軍勢で小谷城の東・大依山(滋賀県長浜市大依)に布陣した(兵数は『信長公記』による。諸説あり)。
浅井軍は単独での戦闘を控えて朝倉軍の到着を待っていた。しかし、信長は、浅井軍の消極的な姿勢を見て退陣するとばかり思っていたようだ。ところが、浅井・朝倉軍は夜陰に紛れて移動し、姉川を挟んで織田・徳川軍に対峙するまで接近してきた。