教養を持つ証しとなったフランス語
天皇がフランス語を学んだのは学習院大学に在籍していた時代である。当時、学習院大学では、東京大学の名誉教授でフランス文学を研究する小林善彦氏が教えており、小林氏から週に1度フランス語を習っていた。
小林氏はパリ日本館の館長を務めた経験があり、ルソーを研究している。実は私が東大の教養学部で学んでいた際に、フランス語の初歩を教わった先生でもあった。1度自宅に招かれたこともあった。天皇にとっても、私にとっても、小林氏はフランス語の先生なのである。
ではなぜ、天皇はフランス語を学んだのだろうか。
それは、ヨーロッパ各国の王室において、長い間フランス語が「リンガ・フランカ」としての役割を果たしてきたからである。リンガ・フランカとは、昔の西ヨーロッパに広がったフランク王国の言葉を意味するイタリア語で、共通の母語を持たない人々の間で意思疎通を図るための言語を指す。
フランスの場合、1789年に起こったフランス革命によって、ルイ16世やその后マリー・アントワネットがギロチンにかけられて殺され、王政は打倒された。その後、一時的に王政が復活するが、1830年の七月革命で最終的に消滅した。
しかし、革命よりも前、フランスの王室はルイ14世の時代に最盛期を迎え、ヨーロッパにおける文化や政治の中心にあった。それによってフランス語の価値が高まり、他の国の王室でも、母国語以上にフランス語を流暢に話せることが、教養を持つ証しとなった。
教養がなければ皇族として活躍できない
その後、イギリスやアメリカが台頭することで、ヨーロッパの王室でも英語がリンガ・フランカの役割を果たすようになったものの、フランス語を重視する伝統は消えていない。
その点で、日本の皇室がヨーロッパの王室と交流を行う際にフランス語を駆使できることは重要な武器になる。
天皇が挨拶やスピーチにおいてフランス語を用いたことは、存在感を示し、ヨーロッパの王室からの評価を高めることに貢献したはずである。
そこから考えれば、旧宮家の人間が皇族の養子になるにしても、あるいは、女性宮家が創設され、その配偶者や子どもが皇族になるにしても、そうした教養を身につけていることが求められるはずである。
たとえ天皇との血のつながりがあったとしても、そうした教養がなければ、皇族として活躍できない。
皇族数の確保ということは、たんなる「数合わせ」では意味がない。活躍ができる人材でなくてはならないのだ。その点について現在まったく議論されていないのは、大きな問題ではないだろうか。