保護者の有志で「やまやまCLUB」結成
ある年、霜出は保護者たちと共にバンドを結成することになった。大学時代にフォークソング同好会に所属してバンドでドラムをやっていたのだが、卒業後は音楽から遠ざかっていた。それが、夕涼み会の準備をする中で、父親と母親の有志で米米CLUBのコピーバンドをやろうという話が持ち上がり、加わることになったのだ。
バンドは名づけて「やまやまCLUB」。名曲『浪漫飛行』を演奏しながら、母親たちが揃いの衣装を身につけて音楽に合わせて踊ることになった。本番までの数週間、霜出はメンバーたちとスタジオを借りて練習に励んだ。仕事で行けない時は、自宅で夜遅くまで練習した。まるで大学時代に戻ったような気持ちだった。
迎えた夕涼み会当日、霜出は人であふれかえる園庭のステージに上った。
まぶしいスポットライトがメンバーを照らす。スティックを打ち鳴らす音と共に『浪漫飛行』の演奏が響き、母親たちがダンスをはじめると、会場の保護者は歓声を上げて立ち上がり、音楽に合わせて踊りだした。同世代の保護者にとっても思い出の曲なのだろう。
会場の盛り上がりは見る見るうちに最高潮に達し、曲を知らない子どもたちまでもが触発されて見様見真似でうたいだした。
霜出は自分たちが奏でる音楽によって会場が一つになるのを目の当たりにして鳥肌が立つ思いがした。自分の子どもを含めて全員が嬉々としてうたい踊っている。それは大学時代のバンド活動で感じたのとはまったく異なる胸の高鳴りだった。
子どもを通して経験する“第二の青春”
夕涼み会の後、霜出は保護者会の仲間に呼びかけ、再びバンドを結成した。園で演奏をするという新たな音楽の楽しさに目覚めたのだ。
それから2年間にわたって保護者会長を務め、創設40周年イベントの時にはホテルのホールを借り切り、数百人の関係者を集めてバンド以外にも様々な催し物を行った。
霜出もまた、園で過ごすこうした時間が楽しく、予定以上に子どもを作ることになったという。彼は話す。
「夕涼み会でのバンドは、僕にとっての“第二の青春”みたいなものでした。若い時に夢中になった音楽をもう一度、今度は妻や子どもたちと共に楽しめるなんて、こんなに幸せなことはないじゃないですか。
ここみたいに園で保護者自身が喜びを感じられる環境って他にありませんよね。一緒にバンドや保護者会の活動をした家族とはとても仲良くなったし、旅行なんかにも出かけるようになった。だからこそ、保護者たちはもっと子どもたちと過ごしたい、もっと子どもがほしいと考えるようになっていくんじゃないでしょうか。私も気がついたら子どもが4人になっていました」
仕事が終わった後にスタジオでバンドの練習をし、汗も引かぬ間にビールで乾杯をし、音楽や家庭のことを語り、一緒に旅行へも出かける。まさに30代~40代になって訪れた2度目の青春といえる。
1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』(文春文庫)、『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』(いずれも新潮文庫)など多数。2021年『こどもホスピスの奇跡』(新潮社)で新潮ドキュメント賞を受賞。