自ら樽の輪を締めてコスト削減
その後、発酵に必要な酵母を培養する仕事、経費管理を担う事務部門を経験し、再び貯蔵グループへ戻る。
「意外なことに、事務部門で学んだ固定資産管理や経理の考え方が、のちのブレンダーの仕事に大きく役立ったんです」
白州ディスティラリーの時代は、ウイスキーにとって“冬の時代”だった。アルコール飲料が多様化し、ウイスキーの需要は落ち込む。かつて一世を風靡したブランドでさえ、苦戦を強いられていた。
「コスト削減のために、製樽工場で製造を手伝ったこともありますよ。樽の輪を締める作業は、想像以上にきつい。一日で両手が上がらなくなるほど疲れましたね」
だが、その経験が、樽への理解を深めていく。触り、転がすだけで、樽の“違い”がわかるようになった。「樽にも個性がある」と知ったという。
「ブレンダーになってから、出張でスペインに行ったことがあります。シェリー酒の貯蔵庫で、たまたま樽を転がすことになって。すると『うまいな、コシイシ。うちで働かないか』とスペイン語で褒められて。お互いに、笑い合いましたね」
ブレンダー職の真髄とは
ブレンダーを志すきっかけとなったのは、ブレンダーの原酒のサンプリング作業を手伝ったことだった。
「この原酒は、どんなふうに使われていくんだろう。毎日樽と接するうちに、次第に興味が強くなりまして」
白州ディスティラリーでの勤務は、18年に及んでいた。1999年、輿石さんは山崎蒸溜所のブレンダー室に配属される。
サントリーは、160万樽に及ぶ多彩な原酒を有している。それらを組み合わせてウイスキーに仕上げるブレンダーの仕事は、大きく分けて、3つある。原酒の評価。ブレンドの設計。そして、原酒の在庫マネジメントだ。多くの人は、世界的な賞を受けたウイスキーと聞くと、「特別な才能を持つブレンダーが、最初から完成形を思い描いてつくった」と思いがちだ。
だが、それは大きな誤解だという。
輿石さんの仕事は、ひらめきよりも「管理」に近い。目の前の原酒一つひとつを評価し、いつ、どの製品に、どれだけ使うかを決める。しかも相手は、10年後、20年後に完成する商品だ。
間違えれば、取り返しはつかない。一度ブレンドしてしまった原酒は、元には戻らない。つまりブレンダーとは、味をつくる人である以前に、「時間を読む人」なのだ。
世界を魅了した味の正体は、天才的なセンスではない。誰にも注目されない年月を、黙々と引き受ける覚悟だった。そこが、この仕事の最大の真髄であり盲点だ。